散歩と料理と小説と俳句と丸々
散歩は、糖尿病と心筋梗塞予後のためにしなくてはならないので、デジカメを持って我が家の近所を歩き回っています。 料理は、奥さんが働いているので夕飯を作ります。 小説は、夢を見続けて、小説家を目指しています。
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いつの日にか、自分の小説を本にしたいと夢見ている幻想世界の住人。



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秋雨の富士川を散歩しました。(8/27)
秋雨の降る富士川を散歩した。
また、写真をいっぱい撮ってきた。その景色の俳句を詠んでみた。
俳句がなかなか出て来ないので、記事の進みに手こずった。
結局、このブログ記事の完成には2日をかけた。
途中で訪問された方は、訪問の度に、記事が増えていく様を楽しんだかもしれない。

IMGP0061 (1)秋霖に 動く影無し 花の寺
しゅうりんに うごくかげなし はなのてら

紫陽花の頃は観光客で賑わう参道も、終わろうとする夏のこの時期、季語ではすでに秋だが、降り続ける秋雨に人影も途絶えていた。


IMGP0062 (1)みずひきの 紅白になる 雨の粒
みずひきの こうはくになる あめのつぶ

紫陽花寺として有名な本土寺。その参道には様々な植物が植えられている。その中に赤い小さな花を鈴なりに付けたミズヒキがある。
花を上から見ると赤く、下から見ると白い。紅白の水引は御所水引という。


IMGP0063 (1)萎れ花 白粉の花 夜の花
しおればな おしろいのはな よるのはな

朝に死ぬ 白粉花を 雨が打つ
あさにしぬ おしろいばなを あめがうつ

路地には白粉花が競い合って咲いている。
基本的に白粉花は夜に花を開く。また、気温が下がる秋になると昼間も花を咲かせている。♪一夜限りに咲く花のように・・・。


IMGP0066 (1)濡れ朽ちぬ 実はまだ赤き 種トマト
ぬれくちぬ みはまだあかき たねとまと

実を残す 腐れトマトに 秋の雨
みをのこす くされとまとに あきのあめ

種茄子は秋の季語である。種を採るも秋の季語だ。種トマトも秋でいいか。夏野菜の畑は侘びしさが漂い始める。


IMGP0070 (1)秋の雨 凌霄花 散らす小径
あきのあめ のうぜんかずら ちらすみち

凌霄花は夏の季語だ。初秋の頃になると道に凌霄の花が散らばっている。人通りのない路地が鮮やかな色合いの大振りの花に埋もれていると、どことなく異国情緒を感じる。


IMGP0071 (1)黒き実を 秋野に隠す 山牛蒡
くろきみを あきのにかくす やまごぼう

ここにあるのは、洋種山牛蒡(ヨウシュヤマゴボウ)だ。山牛蒡は夏の季語である。しかし、黒い実は秋の藪の中でで目立つ存在だ。子供の頃は、ブドウだと思っていた。汁が手に付くと紫色に染まり、なかなか落ちない。全体に生命を落とすかも知れないほどの毒がある。漬け物などで食べられる山牛蒡はキク科アザミ属のモリアザミの根である。


IMGP0072 (1)秋雨を 葉に飾り付け 人目引く
あきさめを はにかざりつけ ひとめひく

たぶん低木に刈り込んだトキワマンサクの生け垣だろう。紫と緑の葉に霧のように降る細かな雨粒を纏わせて、水玉の粒の大きさを揃え、きらきらと光っていた。まだ新しい家屋を飾るのにちょうど良い光のデコレーションだった。


IMGP0105 (1)菊芋の 黄色が稲に 移りけり
きくいもの きいろがいねに うつりけり

キクイモとキクイモモドキはよく似ている。キクイモなら芋があって食べられるが、キクイモモドキには芋がない。夏の季語だが秋の中旬ぐらいまで花を咲かせる。
強靱な生命力が有り、至る所に蔓延っている。
その強靱な生命力が、稲に移り、人の身体に取り入れられる。私にも、キクイモの生命力が移るのだろうか。


IMGP0073 (1)人の手を 逃れしタカオ 咲く秋野
ひとのてを のがれしたかお さくあきの

ルドベキア タカオ。和名オオミツバハンゴウソウ。キク科の植物だ。園芸品種が逃げ出して、野に下ったらしい。ネットの植物図鑑に問い合わせたら、親切な方が教えてくれた。


IMGP0079 (1)白妙の 秋の向日葵 雨を避け
しろたえの あきのひまわり あめをさけ

白妙向日葵(シロタエヒマワリ)は大きな向日葵(ヒマワリ)と違って陽光を追う。夜は不思議な動きをするらしい。ここのところの秋雨でシロタエヒマワリは日を追えず、下を向いていた。


IMGP0100 (1)秋ついり 待宵草の 身を洗う
あきついり まつよいぐさの みをあらう

夫恋し 待宵草に 秋の雨
つまこいし まつよいぐさに あきのあめ

待宵の 草焦がれ死ぬ 秋の朝
まつよいの くさこがれじぬ あきのあさ

ここにあるのは雌待宵草で大待宵草より小振りである。夕刻に開花して、夜咲き続け、翌朝に萎む。一夜限りの密やかな恋が似合う花だ。上の句は、身を清め、化粧をして、逢瀬の夜を待つ女心を詠んでみた。中の句は、逢瀬の夜に思いを馳せるが、秋雨が降り、ことによると、相手は来ないかも知れないと心配する女の心を詠んだ。下の句は、恋に身も心も燃やした一夜が明けて、抜け殻となって朽ち果てた女の姿を詠んだ。


IMGP0077 (1)IMGP0094 (1)

IMGP0103 (1)秋微雨 人影遠し 土手の道
あきこさめ ひとかげとおし どてのみち

秋の傘 高い低いが 寄り添うて
あきのかさ たかいひくいが よりそうて

いつもは、ジョギングやウォーキングをする人たち、犬を散歩させる人たちと行き会うが、秋雨は人を土手から遠ざけていた。その遠いと遙か前を歩く遠い人影とをかけて、人影遠しと詠んでみた。



IMGP0081 (1)IMGP0085 (1)

IMGP0102 (1)鴨の群れ 今日秋雨の 止むを待つ
かものむれ きょうあきさめの やむをまつ

秋霖が 鴨を川辺に 同化させ
しゅうりんが かもをかわべに どうかさせ

寒さを覚えるのだろう。羽根に嘴を入れ、じっとして動かない。川で泳いで濡れるのも、秋の雨に濡れるのも、鴨にとっては違いはないと思うのだが、秋霖の底でじっとしていて動かない。


IMGP0082 (1)転がりて 別々を向く 大南瓜
ころがりて べつべつをむく おおかぼちゃ

南瓜ども 星座の如く 置かれたり
かぼちゃども せいざのごとく おかれたり

大き過ぎ 打ち捨てられし 南瓜ども
おおきすぎ うちすてられし かぼちゃども


IMGP0084 (1)IMGP0109 (1)

案山子殿 雀見てさて 何とする       腰屈め 農夫となるや 案山子の手
かがしどの すずめみてさて なんとする   こしかがめ のうふとなるや かかしのて

IMGP0086 (1)IMGP0087 (1)

IMGP0092 (1)強き草 秋雨の恵み 搦め捕る
つよきくさ しゅううのめぐみ からめとる

花しずく 秋の川辺の 虚を結ぶ
はなしずく あきのかわべの きょをむすぶ 

セイバンモロコシは牧草として栽培され、20世紀の中頃から野に下った。生命力は最強で、あっという間にそこら中に蔓延る。セイバンは西蕃と書く。蕃は蛮であり、西の夷敵を意味する。中国から見てヨーロッパのことだろう。最強の草の小さな花に付いた水滴に秋の川辺が全部映っていた。


IMGP0108 (1)秋霖の 底で人家は 息潜め
しゅうりんの そこでじんかは いきひそめ

どの家も 人影も無く 秋雨降る
どのいえも ひとかげもなく しゅううふる

秋霖と呼ぶには早すぎる長雨だが、立秋を過ぎた季節は秋になる。買い物に出る人影も、通りを通る人影もない。家人はじっと家の中に閉じこもっているのだろう。人家も畑も川縁も、濡れそぼっている。


IMGP0078 (1)どの草も 生き様を知り 実を結ぶ
どのくさも いきざまをしり みをむすぶ

秋の初めである。隆盛を極めた時は去り、小さな種に生命を封じ込め、静かに我が身が朽ち果てるのを待つ。日差しの弱さが、風の冷たさが、己のそんな生き様を気付かせてくれる。草でさえ自分の一生を知っているのに、わたしは自分の人生を見通せない。


IMGP0096 (1)IMGP0112 (1)

IMGP0097 (1)秋の田は 競うて黄金 錬金す
あきのたは きそうてこがね れんきんす

田水落ち いよいよ米の 近付きぬ
たみずおち いよいよこめの ちかづきぬ

稲濡れて 息災祈り 願をかけ
いねぬれて そくさいいのり がんをかけ

秋の田の始まりは、青いままの葉と穂、色づき始めた葉と穂が混じり合って、色合いが美しい。これから秋が深まるにつれて、田は枯れ色に染まり、枯れ色は黄金色になる。稲作も終盤に差し掛かってきた。しかし、せっかく田水を抜いたの、この長雨は稲の病気が心配だ。私の息災もついでに祈ろう。


IMGP0110 (1)この蜻蛉 この田の稲と 血を分かつ
このとんぼ このたのいねと ちをわかつ

穂の側で 蜻蛉もじっと 羽根を止め
ほのそばで とんぼもじっと はねをとめ

蜻蛉の目 穂の色合いを 同定す
とんぼのめ ほのいろあいを どうていす


IMGP0104 (1)IMGP0107 (1)

稲妻が 激しく愛を 注ぎたる
いなづまが はげしくあいを そそぎたる

雷が 稲なぎ倒し 渦を巻く
かみなりが いねなぎたおし うずをまく

秋の田の中に幾つもミステリーサークルができていた。原因は分からないが渦を巻いたようにして稲が倒れていた。雷光によって稲が実る。だから稲妻らしい。この雷光は歳時記の説明では雲の風雨も伴わない。晴れた夜空に遠くで光となっている、秋の季語だ。だが、ミステリーサークルの謎は、激しい風雨を抜きにしては考えられ無い。
雷は夏の季語で、雷光、雷鳴、豪雨を含めた現象と歳時記にある。つまり、ここ最近日本中に被害をもたらしている雷雲と一致する。稲が秋の季語だ。


IMGP0113 (1)肌紅き 唐胡麻の毒 役にたち
はだあかき とうごまのどく やくにたち

紅の妙 活けるみずまに 毒あらば
べにのみょう いけるみずまに どくあらば

唐胡麻(とうごま)。季語は秋だ。ここにあるのは生け花で使われる園芸品種の「みずま」であろう。「みずま」は紅い葉と、紅い茎をもつ。唐胡麻は「ヒマ(蓖麻)」とも呼ばれ、その種子は「蓖麻子」である。とげとげの殻の中に三っつ入っている蓖麻子は宝石のように美しい模様を持ち、しかも油が採れる。この油を蓖麻子油と呼ぶ。下剤として処方する、あのヒマシ油だ。唐から来て、胡麻のように油が採れると言う意味で、唐胡麻となったらしい。全体に毒がある。その毒を利用して下剤とするわけだ。
ヒマシ油の元だと知るまでは、この毒々しい色合いに、気持ちの悪い不気味さが先に立っていた。60年近く生きてきて、初めて目にした唐胡麻だった。




【2008/08/28 23:46】 | 俳句 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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