散歩と料理と小説と俳句と丸々
散歩は、糖尿病と心筋梗塞予後のためにしなくてはならないので、デジカメを持って我が家の近所を歩き回っています。 料理は、奥さんが働いているので夕飯を作ります。 小説は、夢を見続けて、小説家を目指しています。
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俳句も復活だ
身体と生命のために、散歩には行かないといけない。
ゆったりと、歩いていれば、暖かな陽光を感じ、肌に優しく触れる風を感じる。
五感、六感で地球を感じ、生き物たちを感じ、人を感じ、社会を感じ、自然を感じる。
そんな機会が日常となってしまった。
五感、六感が研ぎ澄まされた時、人は物思う。
五感、六感をクロスさせて言葉を綴る。五、七、五。
感じたままを言葉にすればいい。
感じたものの中に、真理が見えるかも知れない。
人の世の理なのか、自然の摂理なのか、研ぎ澄まされた感覚が冷静に物事を見極める。
時には、昂ぶった感情が真理を見抜くかも知れない。
その時、その場所で、自然体の心と身体が感じるままに言葉を紡ごう。

天狼のバックナンバー

天狼の昭和55年から56年のバックナンバーだ。
当時、天狼は本屋や駅売店で500円で売られていた。30年も前の500円である。
薄い雑誌の中には日本ばかりではなく世界中から投句された俳句が掲載されている。
主催は山口誓子である。
「海に出て木枯帰るところなし」
凄い句だと素人ながらにも思ったものだ。
そして、このような俳句を詠みたいと思った。
誓子78才ぐらいの時、私は彼の曾孫弟子になっていた。
大阪で定例句会が開催され、何度か直接お目に掛かることができて、感銘を受けた。
ホトトギス、馬酔木の時代の俳人なのである。


俳句の添削

私は外資系の医薬品メーカーでプロパーをしていた。今で言うMRだ。
当時、和歌山県立医科大学を担当していて、薬剤の関係で麻酔科に毎日のように顔を出していた。麻酔科の医師たちにたいそうかわいがられた。特に教授は私をすこぶる気に入ってくれたようで、教授室が私の休憩所になっていた。
教授は誓子の内弟子、三好潤子の弟子だった。教授は私に俳句を勧めた。
私は教授の弟子となった。つまり、誓子の曾孫弟子になったわけだ。
それは、決して気楽なものではなかった。
一週間で100句を作り、教授に提出し、添削を受ける。
接待のない夜はほぼ徹夜で創り上げる。
ほぼ一年がたった時、天狼に私の俳句が載った。
もちろん、一句選である。
それでも、赤飯を炊いて祝うほど大層なことだと教授に言われた。
忘れたが、たぶん、教授と美味しいものでも食べに行ったのだろう。


初めて選句された

昭和55年7月号。
一句選だが、私の俳句が初めて掲載された。
俳号は佐藤ひとし。名前をひらがなにしただけである。
「若布干し漁家の垂らせる黒簾」
わかめほし りょうかのたらせる くろすだれ
昭和54年8月から弟子入りして、1年後の快挙であった。
ちなみに、教授は二句選の身分だった。


初選句

八月号、 「肘枕してげんげ田に釈迦の如」
十月号、 「祖谷渓に生れたる蛾の灯を襲ふ」
十一月号、「天が下大の字となり背で泳ぐ」
一月号、 「古戦場人影もなき稲架(はざ)の陣」
二月号、 「稲架(はざ)の役果たして元の細丸太」
三月号、 「大聖樹梯子を掛けて星飾る」

いつも、掲載されるわけではない。九月、十二月は選句されなかった。
結構、落ち込んだ。
厳しい世界である。
その後、転勤等で投句をしなくなった。、俳人を廃した。

まあ、これからは気楽に吟行していこう。





【2008/06/19 18:05】 | 俳句 | TRACKBACK(0) | COMMENT(6)
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この記事に対するコメント
大学時代のクラブ
私は電子計算機研究会でした。
今はOB会しか残っていません。
私がHPを運営しています。
明治大学電子計算機研究会 MACS
http://www.geocities.jp/macs21jp/

パソコンなんて言葉の無い頃でした。
パンチカードで計算センターに提出して翌日結果をプリントアウトして貰うと言うスタイルでした。
私より4代くらい後に潰れたそうです。
【2008/06/19 18:27】 URL | ぐっちー #JAx.geIE [ 編集]

ブログの書き方
きんさんのブログの書き方は私と同じだ
まず、写真を貼り付けてそれに関連することを書きます。きんさんもほぼ同じかきかたですね。

それとコメントが入ったら2件くらい入った時点でコメントに対する返事のコメントをすぐ下に書きます。
【2008/06/19 21:36】 URL | ぐっちー #JAx.geIE [ 編集]

ブログの書き方のお礼
ご指導ありがとうございます。
【2008/06/19 22:36】 URL | きんさん #- [ 編集]

水を得たきん魚!
ブログの開設から,あっという間に,充実した世界が次々と展開
され,しかも完成度の高さにきんさんの筆力を感じます。
水を得た魚! まさにブログときんさんの出会いはそんな感じ。

きんさんのこれまでの生き方や,現在の生活の様子が,写真と,
洗練された文体で知ることができ,驚きの連続です。

俳句は,分からない言葉をネット辞書で調べながら,
観賞してます(^o^;)。

また,奥様とのやりとりもすてきです。益々のご発展と,小説への
夢の実現化を,このブログで見ることができる日を待っています。
【2008/06/20 08:21】 URL | 陰丸 #qImZ8dwg [ 編集]

私は千葉で、俳句少々、絵を少々、畑少々といった暮らしをしています。
貴ブログに感銘を受けて、コメントを書かせてもらっています。山口誓子さんは私の最も尊敬する俳人です。特に「海に出て・・・」には胸が痛くなります。その誓子さんの孫弟子とは!
句も拝見しました。堂々としていらっしゃいます。
また、ご自分で料理をお作りになるとか。嬉しくなってしまいました。私も畑の収穫物で陳腐な惣菜を作ったりしています。長くなりました。
今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
【2010/07/20 17:36】 URL | NANTEI #8g7ZE2Jk [ 編集]

よろしくおねがいします。
NANTEIさん

コメントありがとうございます。
これからも、お付き合い、よろしくお願いします。

朝で、NANTEIさんのブログを最新の物しか観ていませんが、とても美味しそうなルッコラのサラダ。
畑で自家栽培とは良いですね。うらやましい。
俳句は自慢できるところまで成長していませんので、誓子の曾孫弟子と言っても、誓子の名前を汚すだけで、厚かましいとは思いつつも、小さな誇りみたいなものも持ちつつ読んでいます。
申し訳ありません。
【2010/07/22 08:10】 URL | きんさん #- [ 編集]


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