散歩と料理と小説と俳句と丸々
散歩は、糖尿病と心筋梗塞予後のためにしなくてはならないので、デジカメを持って我が家の近所を歩き回っています。 料理は、奥さんが働いているので夕飯を作ります。 小説は、夢を見続けて、小説家を目指しています。
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『白い森の彼方で』*** Chapter 03 夢の狭間で ***
『白い森の彼方で』03

佐藤 均


*** Chapter 03 夢の狭間で ***

「あなたはだれなの。私をいじめないで」
 小さな女の子は怖(こわ)がっていた。彼女の怯(おび)えが悲しかった。
 話しかけるのだが、女の子には解らないらしい。
 手を伸ばして金色の髪に触れてみた。
 途端に女の子が泣き出した。
 思わず手を引っ込めたが、髪に触れた指の先に温かな安らぎが残っていた。

「女の子の夢を見た」
「どんな夢だ」
「女の子は、わたしを怖がっていた。触れようとすると泣き出した」
「はっきりと、覚えているな」
「覚えている。私は幼子(おさなご)だった。どうしてだ」
「わからない。忘れてしまえ」
「髪に触れた時のあの温かさは、切ないほど懐(なつ)かしかった」
「生命(いのち)の温かさだ。それと」
 黒衣の男は言いかけて黙った。男は焚き火を棒で突いた。静かだった焚き火が燃え上がって、小さな火の粉を踊らせた。

 次の夜も、また次の夜も女の子の夢を見た。
 女の子は相変わらず怯(おび)えていた。
 夢を夢として見ると言うより、現実の事象として理解した。
 目覚めると忘れてしまう他の夢と夢の隙間(すきま)に、織り込まれるように女の子の夢は続いた。
 暫くすると、小さな女の子が少しだけ大きくなっていた。
 その夜、女の子は怖がらなかった。

「名前はなんていうの」
「愛子」
 心にふっと浮かび上がった名前だった。懐かしい気持ちがした。
「私はオウリ。おともだちに、なりましょう」

 白い山が小さく見える地平線まで、まっすぐに伸びた道を黒衣の男と歩いていた。
 立ち枯れた大草原が、道の両側の大地のうねりを覆って遥か地平線まで広がっていた。
 空の濃い青さが金色に輝く草原を鮮やかに浮き立たせている。
 陽は中天近くにあり、二人の影は短い。
 風は凪(な)いでいて、冬枯れの景色の中に居ながら汗ばむほどに暑かった。
「聞いていいか」
「何をだ」
「私が誰なのか、何も思い出せない」
「それでいい」
「違う話だ」
「何の話だ」
「夢だ」
「いつも、見ているだろう」
「夢を見ていたと思うが、目覚めると、何の夢を見ていたのか忘れてしまう」
「それでいい」
「忘れない夢がある」
「知っている。新しい記憶だ。記憶の淵(ふち)に留(とど)まっている」
「何のことだ」
「いや、何でもない。稀(まれ)にあることだ。それも、いずれ忘れてしまう」
「忘れそうにない。名前を思い出した」
 男が立ち止まった。
「愛子だ」
 黒い甲冑の手がいきなり細い肩を掴んで、引き寄せられた。
 黒い瞳がじっと見詰める。
 意識が吸い込まれている。倒れそうになって、よろめいた。
 黒衣の男が諦(あきら)めたように肩から手を離した。
「わたしには、どうすることもできない。新しい夢は紡(つむ)がれて物語になる。物語だけ残り、それがおまえ自身になる」

 燃えさかる焚き火の炎に照らし出された黒衣の男は物思いに耽(ふけ)っていた。
「どうした」
「古い物語を思い出した」
「どんな物語だ」
「導く者たちの、私たちの記憶の奥底に記(しる)された壮大な物語だ」
「聞きたい」
「話すつもりはない。早く寝ろ」

 人形やぬいぐるみが愛子とオウリの遊び仲間だった。
 仲間たちは立って歩き、おしゃべりをして、歌を歌った。
 ある時から、空色(そらいろ)の鎧(よろい)で身を包んだ小さな騎士たちが踊りの輪に入ってきた。
 陽気な彼らは大声で笑い、二人にとても従順だった。
 いつしか二人はお姫様になっていた。
 人形やぬいぐるみたちも、物語の展開に自然にとけ込んでいた。
 新しい仲間が少しずつ増えていった。

 オウリが大きくなると、二人はよく冒険の旅に出た。
 空色の鎧の騎士たちや遊びの仲間たちと、三毛猫までが従者になった。
 森を越え、深い谷を渡った。険しい山道を登り、雪を頂いた高い山の山腹にある魔女の城を目指して旅を続けた。
 魔女との戦いは壮絶を極めた。魔女の呪文から繰り出される様々な魔法に苦しめられた。無尽(むじん)に飛び出してくる魔物たちは一行に容赦(ようしゃ)がなかった。
 三毛猫が参謀だった。作戦は彼がたてた。
 戦いに明け暮れるうち、二人の剣の技は磨かれ、魔法が使えるようになっていた。
 小さかった空色の鎧の騎士たちはおとなの大きさになり、人形やぬいぐるみもそれぞれが得意の技を持ち、頼もしい軍隊になった。
 櫓(やぐら)から敵情を見ていたオウリの許(もと)に三毛猫が駆けつけた。
「大変です」
「どうした」
「愛子様が傷つきました」
 オウリは櫓(やぐら)から飛び降りると、愛子に駆け寄り、抱き起こした。
「傷は浅い。大丈夫だ」
「もうだめだ」
「何を言う。もうじき、城は落ちるぞ」
 オウリが愛子の身体を優しく抱きしめた。
 オウリの柔らかな温もりが気持ちよかった。幼い頃、母に抱かれた記憶が愛子に甦(よみがえ)った。
「おかあさん」
 優しい抱擁(ほうよう)は母と同じものだった。涙が溢れてきて、オウリの姿がぼやけて消えた。
 
 焚き火の火が消えかかっていた。
 涙で滲んで見える梢の先の空が白み掛かっている。明け方に近いのだろう。
 黒衣の男がじっとこちらを見詰めていた。
 思い詰めた眼差しだった。
「あの女の子は母なのか。わたしは、母と遊んでいたのか」
「いずれ解ることだが、おまえは母に包まれる」
「母に会えるのか。母は何処にいる」
「まだ、朝まで間がある。もう少し寝なさい」

 母の葬儀から十日が過ぎた。
 金糸銀糸で刺繍(ししゅう)を施(ほどこ)された布に覆(おお)われて、桐の箱の中に白磁の壺(つぼ)がある。
 母は骨になってそこにいる。
 生まれつき心臓が悪かった。幼なじみの父と結婚して、子供を産むのは無理だと言われていたが、愛子の母親となった。
 日用品、雑貨、駄菓子などを日銭の商いにした小さな店は井戸端のような家で、いつも近所の人たちが屯(たむろ)していた。決して裕福ではなかったが、母の人柄を慕(した)って、親戚の誰かがいつも家族の一員となっていた。
 母の手はいつも浮腫(むく)んでいた。顔色も悪かった。我慢のできない息苦しさで歩行が侭(まま)ならなくなった時、母と父は心臓の手術を決心した。
 入院先の市立病院で母はいつも楽しげに笑っていた。医師は難(むずか)しい手術ではないと言った。母の顔には希望が生まれていた。それは、家族も同じだった。
「お父さんを、頼むわね」
 たぶん母は、しばらくの間という言葉を付け忘れたのだろう。
 不安を隠して、微笑みながら手術室に入って数時間後、母は人工心肺で生かされているだけの身体で戻ってきた。
「お父さんを、頼むわね」
 なぜ、しばらくのあいだ、を付けなかった。
 置換した大動脈弁から出血が止まらなかったと、沈痛な面持ちで担当医が言った。
「すでに奥様は脳死の状態です。回復する見込みは、もうありません。人工心肺を止めれば死亡が確定します」
 父と子は決断を迫られた。
 殺人を犯そうとしている。
 それも母親殺しの、尊属殺人だ。
 医師は、病院はずるいと愛子は思った。
 もっといい病院にすればよかった。
 人工心肺の強制的な呼吸音だけが集中治療室に大きくさざめいていた。
「奥様は貴重な症例でした。今後の医学のために、解剖(かいぼう)をしたいのですが。お役に立てていただけないでしょうか」
 ごまかしだ。手術の失敗を隠そうとしている。
 父は気丈夫に振る舞った。
「そう、おねがいします」
 父の決断は早かった。声は聞き取りにくいほど不鮮明だった。そして、泣き声だった。
 愛子にはそんな決断は絶対にできなかった。
 たぶん、医師に聞かれたら愛子は泣き叫んでいただろう。
「母を、かえして」
「こちらの書類にお名前を、お願いします」
 医師に差し出された書類を父が受け取った。
「母を、かえして。おねがいだから、母をかえして」
 家族の了承を得て人工心肺を止めたとき、死亡時刻を医師が事務的に告げた。
 機械音が止み、凍て付いた静寂が白い小部屋を支配した。父と子は殺人者となった。
 号泣やすすり泣きが集中治療室に沸き起こった。
 日曜日に、名残が尽きない母の弟たちや妹たちが自然に集まっていた。
 抜け殻(がら)のようになっている父を励(はげ)まし、思い出話をいつまでも続けた。
「お姉さんみたいな人は天国に行っているよな」
「そうね、もう苦しまなくていいのよね」
「いつも笑っていたな」
「あっちでも、笑っているわよ。みんなに好かれて、頼られて」

 悲しさに耐えられず目が覚めた。涙があふれている。止まらない。
 焚き火の炎が揺らめいていた。炎の向こう側に照らし出された白い顔があった。陰影が深く刻まれ揺れていた。黒い眼が炎を越してじっと見詰めている。
「夢を見たのか」
「母が死んだ」
「悲しいか」
「当たり前だ」
「なぜ、悲しい」
「母が死んだんだ」
「誰の死でも、生きている者にとっては、悲しい出来事だ」
「他の誰でもない。母なのだ。なぜ解らない」
 黒衣の男が沈黙した。
 やがて、黒衣の男は両手の平を上に向けて何かを捧げるように頭上に挙げた。その先の梢の上の暗い空を暫く見上げてから、また焚き火に視線を落とした。
「この者から、この者の母の記憶を割(さ)くことができない。この者は、すでに、母と目見(まみ)え、母の生命に触れている。あとは、この者が己の死を知れば、物語は幕を開ける」
 愛子は焚き火の火に暖められて静かに眠っていた。
 やがて、寝顔の眉間に深い皺(しわ)が寄って、火照(ほて)っていた頬が青白く色を引いた。




【2008/11/09 06:38】 | 白い森の彼方で | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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