散歩と料理と小説と俳句と丸々
散歩は、糖尿病と心筋梗塞予後のためにしなくてはならないので、デジカメを持って我が家の近所を歩き回っています。 料理は、奥さんが働いているので夕飯を作ります。 小説は、夢を見続けて、小説家を目指しています。
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『白い森の彼方で』*** Chapter 02 喜び、怒り、哀しみに彷徨して ***
『白い森の彼方で』02

佐藤 均


*** Chapter 02 喜び、怒り、哀しみに彷徨して ***
 
 愛子は父の手と母の手に持ち上げられて、両手でぶら下がっていた。
「重いよ。もう大きいから疲れちゃうわ」
 母が息を切らせて苦しそうだ。それでも嬉(うれ)しそうな満面の笑顔だった。
 母の具合が悪いことは幼い愛子にも解っていた。だから、滅多に無理な甘え方を母にはしなかった。
 でも、今日は特別の日。六才の誕生日に遊園地に行く約束が果たされたのだ。
 愛子は嬉しかった。だから、昔を思い出して、ちょっとだけ母に甘えてみた。
「さあ、今度はお父さんがおんぶしてあげるから」

 森は小高い丘の上にあった。
 大気は凛(りん)として凍(い)てつき、その大気から融(とけ)け出したような冷たい風が吹いていた。
 風は悲しげな音を残して、白く枯れた木々の梢を渡っていった。
 空は雲一つなく晴れ渡っている。透き通った濃い青色は天空に奥行きを感じさせた。
 地は見渡す限りの荒野だった。
 朝陽を浴びて金色に輝く冬枯れの大地は大きな起伏に富んでいた。
 小高い丘や切れ込んだ谷。広大な平原や立ち枯れて点在する白い森。
 水と風と地殻(ちかく)の変動で造形された台地。表層の台地は直角に削られた深い崖(がけ)でその下の台地に被さり、その層はまた下の台地に押し上げられて、幾重にも複雑な起伏を形成していた。
 景色は乾(かわ)ききっていた。蛇行する台地の裂け目は河の跡だった。その蛇行の先に繋(つな)がった荒野の底にある平原は、大きな湖の跡だと教えられた。それらの底や周辺は塩を結晶させて白く輝いていた。はるか遠くには、真っ青な空を背景にした、白い山脈の連なりが地平線に浮かんで望めた。
 その景色の中で高低差を無視するように、道は平坦に緩(ゆる)やかに蛇行しながら地平線の彼方まで延びていた。
 早立ちをした人通りがぽつりぽつりとあり、皆同じ方向に向かって歩いている。
 ゆっくりと歩みを進める彼等の前方には、後ろから昇った朝陽が長い影を落としていた。皆同じような二人連れで、一組の影は前後の影と間を遠く空けて交わることがなかった。
 二人連れの片方は、丈が地面すれすれまでの黒色の外套で身体をすっぽり包んでいた。時折吹く砂塵(さじん)を含んだ突風に煽(あお)られた外套の下は、鈍(にぶ)く黒光りする甲冑(かっちゅう)姿だった。
 左の腰には長めの剣を下げ、その鞘(さや)も黒く塗られていた。
 もう一方は一様に厚手の白い布を身体(からだ)に巻き付けているが、布の白さや輝きにそれぞれ違いがあった。腰の辺りが皆一様に膨らんでいるのは、食料などを包んだ袋を帯びているからだ。
 旅に出て、何度目の朝なのだろう。
 毎日、毎日同じような景色の中を歩いて来た。
 そして、冬枯れた白い森の中で焚き火に暖められて眠った。
 眠りは浅く、毎晩、夢に翻弄(ほんろう)された感情の高まりで何度も目を覚ました。
 炎の向こう側には、焚き火に照らし出された黒衣の男が座っていた。男は口許(くちもと)に小さな笑みを浮かべて、優しい眼差しでこちらを見ていた。
 目覚めるたびの焚き火に暖められた物語を男は楽しげに聞いていた。
 語り終えた時には、夢の内容を全く覚えていなかった。
 ただ、夢を見た、それを黒衣の男に語った、という記憶だけが残った。
 空腹や渇(かわ)きはいつも付き纏(まと)っていた。それでも、朝と夜には少なめの食事を摂(と)った。一食分に分けた糒(ほしい)を湯で戻し、乾燥させた肉と野菜を噛(か)んだ。袋に手を差し入れれば、食糧はいつも指先に触れた。排泄は隠れるようにその辺(あたり)でした。
 このごろでは、そんな日常の生活だけが思い出されるようになってきた。
 いや、男と旅に出て以来、同じ日々の繰り返しだけが積み重ねられている。
 だからといって、昨日はどうだった、二日前はこうだったとは覚えていない。
 とにかく、毎日同じなのだと感じていて、それが当たり前だと思っている。
 今日も、また、同じような一日が始まったのだ。
 黒い甲冑を纏った男は生来(せいらい)無口のようで、無駄な話はしない。それでも尋(たず)ねることには答えてくれた。河の跡も、干上がった湖も、男に教えられた新しい記憶だった。 
「今日も、一日歩くのか」
「そうだ」
「どこまで、歩くのだ」
「陽が落ちるまでだ」
 甲冑は頭部以外の身体の線と大きさにぴったりと合わせ、手の甲や指まで覆(おお)い尽(つ)くされて作られていた。材質は分からないが、薄くて軽そうだった。布に漆(うるし)をかけて固めたような質感で、手首や首回りから覗(のぞ)ける形状は張りぼてのようだった。背の高さもあるが、重苦しい威圧をいつも感じた。男の威圧に促(うなが)されて立ち上がった。
 立ち眩(くら)みがして、ふっと意識が飛んだ。意識の縁(ふち)に男たちの声が浮かんだ。

 教室の中で黒い学生服の男子たちがこちらを見て、何か囃(はや)し立てている。

 意識は直ぐに戻った。
 なぜか悔(くや)しいという感情が湧き起こり、涙で視界が滲(にじ)み始めた。
 思い出しかけていた何かを忘れてしまった。
 何か解らない、不安が渦巻いている。思い出しそうで、何も分からない。
 しばらくは現状も理解できなかった。初めて、三次元的に自分の姿と白い森と黒衣の男を感じた。
 何が何だか急に解(わか)らなくなった。
 目の前では男が身支度(みじたく)を整えていた。
「なぜ甲冑を着ている」
「これが姿だからだ」
 顔の骨格は卵形で小さく、黒い髪が肩まで掛り、抜けるような白い肌をしていた。目は大きくて瞳は黒く、唇は薄く、朱(しゅ)を差し、鼻筋が通っていた。声は低いが明瞭に言葉を発した。
「わたしは、なぜ着ていない」
「それがおまえの姿だ」
 黙ったまま立ち尽くして動こうとしない相手を無視して、甲冑の男は森から街道への斜面を歩き始めた。枯れ枝が踏締(ふみしめ)られて乾いた音を立てて折れた。白い木立が男の姿を隠したが、乾き切った落ち葉が男の所在を明確にしていた。木立の間に男の姿が見えた時、声を張り上げていた。
「聞いていいか」
「いつも聞いている」
「わたしは、何処(どこ)から来た。なぜ、此処(ここ)に居る」
 男が振り返った。黒い大きな瞳が強く焦点を合わせて見つめた。
「なぜそう思う」
「わからない」
「いつからそう思った」
「たった今だ」
 涙に滲んだ視界が黒一色に染まった。
 甲冑の黒色が目の前に迫ってきた。足音がなかった。黒い外套が翻(ひるがえ)って、黒い腕が降り下ろされた。冷たい風が顔に当たった。
 脈が速くなった。呼吸が浅く速い。黒い甲冑が暗闇に変わった。漆黒の大きな獣が森の存在を無視して高く立ち上がった。
 凍てきった突風が唸(うな)りを上げて吹き荒(すさ)んだ。風の圧力に翻弄(ほんろう)されて立っていられなかった。視界が歪(ゆが)んで二重に見えた。身体が大きくふらついた。耐えられなくなって目を閉じた。
 また、意識が飛んだ。一瞬のことだった。
 闇が意識の中に広がって、聞き慣れた男の声が残響した。
「死は夢から始まり、人はまだ死を知らない」

 甲冑の男が身支度を整えていた。動きに無駄がない。
「今日も、一日歩くのか」
「そうだ」
「いつまで、歩くのだ」
「もうじきだ」
 二人は森から街道への斜面を降り始めた。降り積もった落ち葉が二人の足許で乾いた音を立てていた。

「今夜は、この森にしよう」
 白く立ち枯れた木々の間に踏み固められた小道が見分けられた。
 小道はゆるい坂道で、木々の間を縫(ぬ)って薄暗くなった森の奥に続いている。
 男が小道を踏みしめる音に黙って付いて行った。
 森の中を暫(しばら)く歩くと、小部屋ほどの空間があった。
 どこの森もそうだが、まるで焚き火をして、寝るためにわざわざ設(しつら)えたような空間だった。
 黒衣の男は太めの朽(く)ち木を集めてきて、広間の真ん中に小さく井桁(いげた)を組んで焚き火の準備をした。
 井桁の底に小さな小枝やかさかさに乾き切った落ち葉を盛り上げ、その上に大きめの小枝を重ねて置いた。火を点けるときに使う繊維(せんい)の束(たば)に火打ち石を叩(たた)いて器用に火を点け、それを井桁の奥にねじ入れた。
 たちまち薄い煙が燻(くすぶ)り、直ぐに黄色く縁取りされた赤い小さな炎が立ち上がった。
 火は次々に小枝に燃え移り、火力を増していった。
 一通り小枝をくべ終えると、黒衣の男は満足げな視線を焚き火に暫く留めていた。炎は立ち昇って踊り狂うが、一夜の炎の生命(いのち)は男に制御されていた。
「楽しいのか」
 黒衣の男は僅(わず)かな心の揺らぎを見透かされて小さく笑った。
「火を点けるのも、人を導くのも同じ気持ちだ。さあ、食事にしよう」
 黒衣の男は水が満たされた竹筒を、中で炎を燃え盛(さか)らせる井桁の縁に立て掛けた。

 教室の中で黒い学生服の男子たちがこちらを見て、口々に囃(はや)し立てている。
 悔しいという感情が湧き起こり、涙で視界が滲み始めた。
「なぜ、こんなことをするの」
 愛子の腕の中には泣き声を憚(はばか)らない、低い背の肥(ふと)った身体(からだ)が震えていた。
 クラスのほとんどの生徒たちは遠巻きに眺めているだけで、誰も関わろうとはしない。
 愛子と親友の優子だけが信子を庇(かば)っていた。
「おまえたちも、その豚の仲間だ」
「そうよ。おなじクラスの仲間よ。何か違うの」
「へーっ。同じ臭いがするぜ」
「くっせー。くっせー。はーきけがするぜ」
「あんたの方が、よっぽど臭いわよ」
「そうよ、安物の化粧品の臭いが、ぷんぷんするわ」
「なーんだと。なめやがって。ぶっ殺すぞ」
 眉を細く剃り揃えて、髪をハードムースでリーゼントに固めた芳夫が、怒りを露わにして優子の胸ぐらを掴んだ。
 優子は恐怖で顔を引きつらせて、愛子に身体を密着させてきた。
「やめてよ。痛いじゃない」
 優子は負けん気が強く、泣き声は上げないが涙が溢れている。
「よしなさいよ。いい加減にして」
 芳夫と同じような格好の大柄な猛志が、信子を抱きしめている愛子に身体をぶつけてきた。
 愛子たち三人がよろめいて、教室の壁に押しつけられた。
「てめえらな。なめたまねしていると、本当にぶっ殺すからな」
 猛志の仲間たち六人が愛子たちを取り囲んだ。
「殺せるものなら、殺してみなさいよ」
 優子は相変わらず勝ち気だ。
「上等じゃねーか。やってやるぜ」
「うっ」
 猛志が優子の鳩尾(みぞおち)に拳(こぶし)を食い込ませた。優子はその場に崩れ落ちて、吐いた。
「おお、きたねー」
「だから言っただろ。ほんとに、殺すぜ」
「下手な、正義感なんて、虫ずが走るだけだ」
 芳夫の拳が愛子の顔面に飛んできた。思わず目をつぶった。口の横に激しい衝撃がぶつかった。痛みが顔の前面から後頭部に抜けた。きな臭(くさ)い臭(にお)いが鼻の奥に湧いた。口の中に錆(さび)びた味が滲(にじ)んだ。気を失うほどの衝撃ではない。いたぶって、楽しんでいるだけだ。
 怒りが全身を包み込んだ。愛子の中で何かが切れた。
「いい加減にしなさいよ。絶対に許さない」
 その時、教室の扉が慌(あわ)ただしく引き開けられた。
「おまえら、何やってんだ」
 数人の教師たちが駆け込んできた。

 どうにもできない悔しさが心に満ちていた。
 口の中に血の味が残っている。
 目は覚めたが、暫くは起きあがれなかった。
 いつの間にか、男の足許に小枝が堆(うずたか)く積まれていた。
「いつ、小枝を集めたのだ」
「この小枝は、おまえの夢の痕(あと)だ」
 黒衣の男が小枝を焚き火にくべた。炎が大きく燃え上がった。
 きらきら光る火の粉が薄い煙に鏤(ちりば)められて、梢の先まで立ちのぼった。
「人は夢を見て、私に語る。語り終えた記憶は枯れ枝となって身体を温めてくれる。おまえの生命(いのち)はそうやって少しずつ浄化されていく」




【2008/11/09 06:37】 | 白い森の彼方で | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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