散歩と料理と小説と俳句と丸々
散歩は、糖尿病と心筋梗塞予後のためにしなくてはならないので、デジカメを持って我が家の近所を歩き回っています。 料理は、奥さんが働いているので夕飯を作ります。 小説は、夢を見続けて、小説家を目指しています。
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いつの日にか、自分の小説を本にしたいと夢見ている幻想世界の住人。



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桜とリハビリ
CA3C0115.jpg

遠くまで歩くことに、まだ、恐れがあり、近所を散歩しています。
4月11日、日曜日は天気も良くて、ビデオ屋から駅前、そして東漸寺まで歩きました。
こどもたち三人が、心配顔で付き添ってくれました。
駅前ではポポラマーマというイタ飯屋で昼食にカロリーの低いペペロンチーノバジルを食べました。
娘のおごりで、感謝感謝です。
東漸寺は徳川家縁の寺です。
今の時期は桜が満開で、花見客が殺到しています。
殺到していると言っても、知る人ぞ知る名刹なので、上野ほど混み合うわけではありません。
垂れ桜から始まって、ソメイヨシノ、八重桜と花の時期を繋ぎます。

CA3C0239.jpg病窓の ブラインド上げ 春を見る 
(びょうそうの ぶらいんどあげ はるをみる)

以前に披露した句ですが、写真を撮っていたので載せます。
病窓から見た春の空です。左の方のビルは松戸駅です。
駅のベルが聞こえてきます。

駅にベル 我が生命また 走り出す
(えきにべる わがいのちまた はしりだす)(無季)

明け烏 春の嵐に 遊び飛ぶ
(あけからす はるのあらしに あそびとぶ)

春嵐 雲攻め上る 大軍勢
(はるあらし くもせめのぼる だいぐんぜい)

花猛る この世にはまだ 未練有り 
(はなたける このよにはまだ みれんあり)


CA3C0254.jpgCA3C0261.jpg

学僧も 落花を踏みし 石畳 
(がくそうも らっかをふみし いしだたみ)

東漸寺(自宅から3分)は徳川家縁の名刹で、学僧たちのためのお寺だったそうです。

CA3C0264.jpgリハビリのための散歩に、三人のこどもたちが付き添ってくれました。

花吹雪 見張りの子らの 目を盗む
(はなふぶき みはりのこらの めをぬすむ)



お寺の裏の広場は花見の宴会がたけなわです。わたしも花見客の一人で、花にすっかり浮かれてしまいました。


リハビリに 子らが付きそう 桜人
(りはびりに こらがつきそう さくらびと)

桜人とは花見の客のことです。


CA3C0267.jpg

CA3C0274.jpg

一陣の風が吹きました。花びらがくるくる回りながら散ってきます。
すでに地面は花びらが敷き詰められた、桜の絨毯です。


幼子が 落花を追うて 手をのばし
(おさなごが らっかをおうて てをのばし)

彼女のカップには桜の花びらが上手く入ったようです。覗き込んで、にんまりと笑顔を見せました。

CA3C0279.jpgりっぱな仁王門に、枝振りの良い桜の木が寄り添っていました。すばらしい景色です。

仁王門 寄り添う桜の 立ち姿
(におうもん よりそうはなの たちすがた)

春のお彼岸も過ぎたのに、六地蔵の前には花が添えられていました。
お墓にも、たくさんの花が添えられています。
桜の花を愛でに来た花人たちが、花を添えてお参りをしたのでしょう。

六地蔵 花人たちが 花を添え
(ろくじぞう はなびとたちが はなをそえ)


CA3C0266.jpg

CA3C0257.jpg自宅の庭にも大きな桜の木があります。病床のベッドに寝ながら、破れ障子の穴から、夕映えの桜の花が白く浮かび上がって見えます。

夕暮れに 白く映えたる 庭桜
(ゆうぐれに しろくはえたる にわざくら)

満天星(ドウダンツツジ)が満開を迎えようとしています。

軒先に 満天星の花 溢れ咲き
(のきさきに どうだんのはな あふれさき)

木の芽(山椒の若芽)が柔らかな緑を付けています。
千切って、料理に使います。

気付かずば 木の芽は色を 濃くしたり
(きづかずば きのめはいろを こくしたり)してしまう


CA3C0258.jpg

CA3C0259.jpg



【2010/04/12 22:53】 | 散歩 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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本日退院しました。\(^O^)/
本日、めでたくも、退院の運びと相成りました。
実は、2泊3日の予定が、あまりの居心地の良さのた
め?、長逗留となってしまいました。
至れり尽くせりで、下(しも)まで若い女性が優しく洗ってくれる
のですから、もう、天にも昇る気分でして、へへへ。

あれは、3月20日(土)、15時30分頃に笑
顔の家族に見送られカテ室に歩いて入りました。
手術台に横になり、右手首に麻酔がかけられました。
ちょっと、どきどきしますが、簡単なステント留置術です。
・・・・・・・・・
ステントの大きさを医師たちが検討している声が聞こえていました。
それが、急に、なんだか、慌ただしくなってきました。
・・・・・・・・・
「○○先生を呼んできて」
・・・・・・・・・
「これは医療事故だ」
脈拍を告げている声がします。
「20」
・・・・・・・・・
なんだか、意識が暗くなって、黒くなっていきます。
・・・・・・・・・
「○○さん、咳して、咳して」
担当医の声がします。
気が付いて、咳をしました。
・・・・・・・・・
目を開けると、若手の医師が私の心臓マッサージをしていました。
それからも、処置が続きます。
・・・・・・・・・
「キシロカイン」
・・・・・・・・・
右腿の付け根(大静脈)、左腿の付け根(大動脈)辺りに痛みが走
ります。
・・・・・・・・・
「1,2.3」
手術台から、シーツにくるまれてベッドに移され、カテ室から出て
来たときには3時間が経過していました。
その間の記憶は、上記以外にありません。

大動脈には「バルーンポンピング」が施されていました。
(急性心筋梗塞や心臓手術後などで心機能の低下した患者を治療す
るため、胸部大動脈内にバルーン(風船)を挿入し、心臓の拍動に
合わせてバルーンを膨張・収縮させ、心臓の拍出を助ける生命維持
装置。これは、バルーンカテーテルを大腿部などから経皮的に血管
内に挿入するだけの簡単な操作で治療を始められ、患者に与える侵
襲も少ないため普及が進んでいる。)

大静脈からはカテーテルペースメーカーが挿入されていました。

右手首からのカテーテルはまだ入れっぱなしです。

カテ室を出ると家族の心配そうな顔と声が朦朧とした意識の中に登
場します。
そのまま、HCU(ハイケアユニット、準集中治療室)に運び込
まれました。
すぐに導尿管を入れられました。
点滴のタワーが3本も立っています。1本に4種類
の点滴がありますから、10種類ぐらいの点滴数です。
静脈が出にくい質なので、看護師が苦労していました。
やっと探し出した静脈に、左腕と右足首から点滴を入れます。
右腕は静脈探しの刺し傷だらけで、「ヘパリン」の大量投与でそこは紫色に内出
血しました。

身動き一つできません。
背中や腰が痛くなって来ます。

HCUに移動してからは、まだ力弱いものの自発の心拍を打ち始めたの
で、一番始めに、大静脈から、カテーテルペースメーカーが抜かれました。
これで、右足が動かせます。
「バルーンポンピング」が施された右足は全く動かせません。
ちょっとでも腰の辺りを動かすと、カテーテルが大動脈を破ってしまい、大量出血をすると脅されていました。

と長くなってしまいましたが、HCUから一般病棟に移動し、本
日退院となりました。
HCUでリハビリが始まり、苦労しましたが、退院するまでリハビ
リが続けられ、今では、どうにか、ゆっくりと、歩くことができる
ようになりました。

前回は2年前、新宿の中村屋で倒れ、皆様に助けていただき、
一命を取り留めました。
その節は、本当にありがとうございました。
特に、Y君には一方ならないお世話を賜り、未だに返しておりま
せんが、申し訳ない。

次に、心筋梗塞で倒れたら、まず、助からないと、当時、運び込ま
れた日赤広尾の担当医師に言われておりましたが、何と、今回、期
せずして、二度目の心筋梗塞を起こしてしまいました。
起こされた?かな。

ステントを留置する際に、大量の脂(あぶら)が剥離し、一応準備
していた、二箇所の落下傘に収まりきらず、しかも、目詰まりを起
こし、血流を遮断してしまいました。
更に、溢れた脂は右回旋枝の細かく枝分かれした網脈に詰まってし
まいました。
二度にわたり落下傘での回収を行い、網脈に詰まった脂を細部の一枝一枝まで溶かし、
除去したとのことです。
その間に、心筋梗塞、心停止があり、また、3分の1がダメージを
受け、前回と合わせて、3分の2の心臓が動かなくなってしまいました。

それでも、ですよ。
もし、オペ室でなく、外で脂の剥離が起こっていたら、と考えると
ぞっとします。
また、他の病院だったら、と考えると、おそらくは死んでいたかも知れません。
小さな病院ですが、冠動脈カテーテル術は日本でも5本の指に入るほど症例数が多く、熟練した医師がいたことが、私の生命を救ってくれました。
トップクラスの医師たちが、自分たちのオペを一時中断してまでも駆けつけ、私の蘇生と手術に関わったと、今日の退院前の説明で担当医師から聞きました。

そういえば、HCUに入ってすぐに、
「2000例以上の症例の中でも、初めてのケースだった」
と、有名な医師が、私と家族に、脂の量が半端ではなかったことを話してくれました。
「細部まで、徹底的に除去しましたから、大丈夫ですよ」

「痛い思いをさせて、ごめんなさい」
その一言で、なんとなく心の奥底にあったもやもやが消え去りました。
「いのちを、助けてくれて、本当に、ありがとうございました」

すごい医師たちがいる病院だったのです。
そして、医師たちも看護師たちも卓越した技術をもち、不眠不休で働いています。
ひっきりなしに担ぎ込まれる救急患者たちのいのちを、彼らは救い続けています。

そして、上記の曖昧な記憶をもって、わたしは生き返りました。
本当に、心停止があり、蘇生したのです。
すごいです。
わたしの、生命力。
何に、執着して生き続けるのでしょう。
まあ、
一度だけでなく、二度までも、運の良さを、本当に感激しています。


そして、女房とこどもたちに、大変な心配を、またかけてしまいました。
そして、女房とこどもたちの深い愛と優しさを、またまた、知ることになりました。

いつもいつも、本当に、ありがとう。



病窓の ブラインド上げ 春を見る

駅にベル 我が生命(いのち)また 走り出す

明け烏(からす) 春の嵐に 遊び飛ぶ

春嵐 雲攻め上る 大軍勢

この世には まだ未練有り 花猛(たけ)る

人子詠む。


【2010/04/03 20:56】 | 病気 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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