散歩と料理と小説と俳句と丸々
散歩は、糖尿病と心筋梗塞予後のためにしなくてはならないので、デジカメを持って我が家の近所を歩き回っています。 料理は、奥さんが働いているので夕飯を作ります。 小説は、夢を見続けて、小説家を目指しています。
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次男がティラミスを作ってくれた。
大学院で工学博士をめざしている次男がティラミスを作ってくれた。
彼はときどき思い出したようにケーキを作る。
ケーキ屋で売っているケーキよりうまい。
作り方は解らないので、今回は写真だけである。

IMGP0163.jpg





IMGP0160.jpg


洋酒が効いていてとても美味しかった。

ごちそうさまでした。


【2008/08/31 19:10】 | 料理 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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ゴーヤチャンプルパスタを作りました。(8/30の夕飯)
ゴーヤチャンプルパスタを作りました。

IMGP0156.jpg

女房が友達からその友達のうちの庭で採れたゴーヤを一本貰ってきた。
特大の大きい奴だ。それを使って、ゴーヤチャンプルを作ることにした。
生憎の大雨で、自分では買い物に行く気は無かった。お米がなかったので、スパゲティにするつもりもあった。ゴーヤチャンプルパスタが頭に浮かんだ。
長男と次男が気を遣って買い物に行ってくれるという。
挽肉、タマネギ、たまごをを頼んだ。
土砂降りの雨の中、二人は歩いて出掛け、お米まで買ってきてくれた。


IMGP0158.jpg


ゴーヤは縦に半分に切り、ワタをとって、一度塩ゆでし水にさらして苦みを和らげる。
小ナスはヘタを取り、縦に半分にしておく。
タマネギを普通にスライスする。
ちょうどあった、舞茸は裂いておく。
トマト大6ヶを大雑把に切る。

パスタ用の寸胴に水を入れ沸騰させておく。

オリーブオイルを多めに引いた鍋でショウガと唐辛子を炒める。
そこに合挽500gを入れ、よく炒める。
挽肉が居た待ったら、野菜類を全部入れて炒める。
水が野菜から出てくる。
醤油大さじ一杯、無添加コンソメ3袋、味付けは以上。

良くかき混ぜてちゃぷちゃぷになったらソースの出来上がり。

パスタを茹でる。
1.7mm、1kgを8分茹でた。アルデンテ。

大鍋にゆで上げ、オリーブオイルを絡める。
ソースを入れて、良く絡めたら、出来上がり。

小ナスの方が、ゴーヤよりも苦味があったが、とても美味しくできあがった。
評判は、大成功。

おいしかった。
ごちそうさま。


【2008/08/30 22:28】 | 料理 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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お米が3.5合しかなかった、(゜;)エエッ、そこで・・・(^-^)
8月28日の夕飯を作ろうとしたら、お米が3.5合しかなかった。5人家族+お弁当一人前で、いつもは、6合か、7合を炊いている。全く足らないし、買いに行くのも面倒だった。
確か、冷蔵庫の野菜室にサツマイモがあったはずだ。
あった、あった。細いが4本ある。なんと、ズッキーニもあるし、エリンギもある。
もう決まった。サツマイモご飯である。
いつもの通り、材料を切って、ご飯に味付けをして炊き込むだけだ。

IMGP0150.jpg

今回は水分量の調整に失敗した。お米が少なければ、水の分量の割合を少なめにしなければいけなかったが、メモリ通りに増やしてしまった。そう言うわけで、べちゃついた出来上がりになった。


IMGP0141.jpgサツマイモを良く洗って、輪切りに切る。
ズッキーニも同じように3本輪切りにした。


IMGP0143.jpgエリンギは縦に包丁を入れ、松茸の感じにする。
お米3.5合を研いで、水の量を4合のメモリに合わせた。小豆など水分を取る材料で炊き込むときは、この割合で良かったが、具材に水分が含まれているものは、お米の割合にあわせなければならなかった。ここでの正解は、3.5合のメモリに合わせた水の量だった。
これに和風だし1お玉、醤油2お玉、みりん1お玉を加える。
サツマイモ、ズッキーニ、エリンギを入れる。
十六穀米とすりゴマを入れて、炊飯する。


IMGP0148.jpg出来上がりがこれだ。
べたつきは我慢してもらえば、結構美味しくできた。評判は良かった。
サツマイモがほくほくで甘く炊きあがっていた。
ちなみに、奥に見えるのは、小豆炊き込みご飯のおにぎりだ。これも美味しかった。


豚の角煮も作った。(^。^)
角煮は長時間かかるため、夕食の5~6時間前から準備し、作り、超弱火にかけておく。

IMGP0136.jpg角煮用の肩ロースを3パック買っておいた。


IMGP0137.jpg鍋に豚肉など具材が浸る程度に水をいれる。
刻んだショウガ、長ネギ、ダシ昆布を入れる。


IMGP0140.jpg豚肉を入れ、刻まない唐辛子2本、山椒の塩漬け10粒ぐらい、胡椒を入れる。


IMGP0144.jpg味を付けないで一度沸騰させ、アクを取る。
味を付けないで、超弱火で4~5時間、じっくり煮る。
肉が軟らかくなったら、和風だし1お玉、醤油1お玉、みりん1お玉の割合で味を付ける。そして、また30分ぐらい超弱火で煮る。最後に刻んだタマネギと108ヶに切った豆腐を入れて10分から15分で完成だ。


IMGP0154.jpgサツマイモご飯と豚の角煮。
角煮の豚肉はほんの少しぱさついていたが、とろけるように柔らかく、味も美味しくできあがった。
サツマイモご飯も上手にできた。
美味しく頂きました。

ごちそうさま。




【2008/08/29 18:18】 | 料理 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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秋雨の富士川を散歩しました。(8/27)
秋雨の降る富士川を散歩した。
また、写真をいっぱい撮ってきた。その景色の俳句を詠んでみた。
俳句がなかなか出て来ないので、記事の進みに手こずった。
結局、このブログ記事の完成には2日をかけた。
途中で訪問された方は、訪問の度に、記事が増えていく様を楽しんだかもしれない。

IMGP0061 (1)秋霖に 動く影無し 花の寺
しゅうりんに うごくかげなし はなのてら

紫陽花の頃は観光客で賑わう参道も、終わろうとする夏のこの時期、季語ではすでに秋だが、降り続ける秋雨に人影も途絶えていた。


IMGP0062 (1)みずひきの 紅白になる 雨の粒
みずひきの こうはくになる あめのつぶ

紫陽花寺として有名な本土寺。その参道には様々な植物が植えられている。その中に赤い小さな花を鈴なりに付けたミズヒキがある。
花を上から見ると赤く、下から見ると白い。紅白の水引は御所水引という。


IMGP0063 (1)萎れ花 白粉の花 夜の花
しおればな おしろいのはな よるのはな

朝に死ぬ 白粉花を 雨が打つ
あさにしぬ おしろいばなを あめがうつ

路地には白粉花が競い合って咲いている。
基本的に白粉花は夜に花を開く。また、気温が下がる秋になると昼間も花を咲かせている。♪一夜限りに咲く花のように・・・。


IMGP0066 (1)濡れ朽ちぬ 実はまだ赤き 種トマト
ぬれくちぬ みはまだあかき たねとまと

実を残す 腐れトマトに 秋の雨
みをのこす くされとまとに あきのあめ

種茄子は秋の季語である。種を採るも秋の季語だ。種トマトも秋でいいか。夏野菜の畑は侘びしさが漂い始める。


IMGP0070 (1)秋の雨 凌霄花 散らす小径
あきのあめ のうぜんかずら ちらすみち

凌霄花は夏の季語だ。初秋の頃になると道に凌霄の花が散らばっている。人通りのない路地が鮮やかな色合いの大振りの花に埋もれていると、どことなく異国情緒を感じる。


IMGP0071 (1)黒き実を 秋野に隠す 山牛蒡
くろきみを あきのにかくす やまごぼう

ここにあるのは、洋種山牛蒡(ヨウシュヤマゴボウ)だ。山牛蒡は夏の季語である。しかし、黒い実は秋の藪の中でで目立つ存在だ。子供の頃は、ブドウだと思っていた。汁が手に付くと紫色に染まり、なかなか落ちない。全体に生命を落とすかも知れないほどの毒がある。漬け物などで食べられる山牛蒡はキク科アザミ属のモリアザミの根である。


IMGP0072 (1)秋雨を 葉に飾り付け 人目引く
あきさめを はにかざりつけ ひとめひく

たぶん低木に刈り込んだトキワマンサクの生け垣だろう。紫と緑の葉に霧のように降る細かな雨粒を纏わせて、水玉の粒の大きさを揃え、きらきらと光っていた。まだ新しい家屋を飾るのにちょうど良い光のデコレーションだった。


IMGP0105 (1)菊芋の 黄色が稲に 移りけり
きくいもの きいろがいねに うつりけり

キクイモとキクイモモドキはよく似ている。キクイモなら芋があって食べられるが、キクイモモドキには芋がない。夏の季語だが秋の中旬ぐらいまで花を咲かせる。
強靱な生命力が有り、至る所に蔓延っている。
その強靱な生命力が、稲に移り、人の身体に取り入れられる。私にも、キクイモの生命力が移るのだろうか。


IMGP0073 (1)人の手を 逃れしタカオ 咲く秋野
ひとのてを のがれしたかお さくあきの

ルドベキア タカオ。和名オオミツバハンゴウソウ。キク科の植物だ。園芸品種が逃げ出して、野に下ったらしい。ネットの植物図鑑に問い合わせたら、親切な方が教えてくれた。


IMGP0079 (1)白妙の 秋の向日葵 雨を避け
しろたえの あきのひまわり あめをさけ

白妙向日葵(シロタエヒマワリ)は大きな向日葵(ヒマワリ)と違って陽光を追う。夜は不思議な動きをするらしい。ここのところの秋雨でシロタエヒマワリは日を追えず、下を向いていた。


IMGP0100 (1)秋ついり 待宵草の 身を洗う
あきついり まつよいぐさの みをあらう

夫恋し 待宵草に 秋の雨
つまこいし まつよいぐさに あきのあめ

待宵の 草焦がれ死ぬ 秋の朝
まつよいの くさこがれじぬ あきのあさ

ここにあるのは雌待宵草で大待宵草より小振りである。夕刻に開花して、夜咲き続け、翌朝に萎む。一夜限りの密やかな恋が似合う花だ。上の句は、身を清め、化粧をして、逢瀬の夜を待つ女心を詠んでみた。中の句は、逢瀬の夜に思いを馳せるが、秋雨が降り、ことによると、相手は来ないかも知れないと心配する女の心を詠んだ。下の句は、恋に身も心も燃やした一夜が明けて、抜け殻となって朽ち果てた女の姿を詠んだ。


IMGP0077 (1)IMGP0094 (1)

IMGP0103 (1)秋微雨 人影遠し 土手の道
あきこさめ ひとかげとおし どてのみち

秋の傘 高い低いが 寄り添うて
あきのかさ たかいひくいが よりそうて

いつもは、ジョギングやウォーキングをする人たち、犬を散歩させる人たちと行き会うが、秋雨は人を土手から遠ざけていた。その遠いと遙か前を歩く遠い人影とをかけて、人影遠しと詠んでみた。



IMGP0081 (1)IMGP0085 (1)

IMGP0102 (1)鴨の群れ 今日秋雨の 止むを待つ
かものむれ きょうあきさめの やむをまつ

秋霖が 鴨を川辺に 同化させ
しゅうりんが かもをかわべに どうかさせ

寒さを覚えるのだろう。羽根に嘴を入れ、じっとして動かない。川で泳いで濡れるのも、秋の雨に濡れるのも、鴨にとっては違いはないと思うのだが、秋霖の底でじっとしていて動かない。


IMGP0082 (1)転がりて 別々を向く 大南瓜
ころがりて べつべつをむく おおかぼちゃ

南瓜ども 星座の如く 置かれたり
かぼちゃども せいざのごとく おかれたり

大き過ぎ 打ち捨てられし 南瓜ども
おおきすぎ うちすてられし かぼちゃども


IMGP0084 (1)IMGP0109 (1)

案山子殿 雀見てさて 何とする       腰屈め 農夫となるや 案山子の手
かがしどの すずめみてさて なんとする   こしかがめ のうふとなるや かかしのて

IMGP0086 (1)IMGP0087 (1)

IMGP0092 (1)強き草 秋雨の恵み 搦め捕る
つよきくさ しゅううのめぐみ からめとる

花しずく 秋の川辺の 虚を結ぶ
はなしずく あきのかわべの きょをむすぶ 

セイバンモロコシは牧草として栽培され、20世紀の中頃から野に下った。生命力は最強で、あっという間にそこら中に蔓延る。セイバンは西蕃と書く。蕃は蛮であり、西の夷敵を意味する。中国から見てヨーロッパのことだろう。最強の草の小さな花に付いた水滴に秋の川辺が全部映っていた。


IMGP0108 (1)秋霖の 底で人家は 息潜め
しゅうりんの そこでじんかは いきひそめ

どの家も 人影も無く 秋雨降る
どのいえも ひとかげもなく しゅううふる

秋霖と呼ぶには早すぎる長雨だが、立秋を過ぎた季節は秋になる。買い物に出る人影も、通りを通る人影もない。家人はじっと家の中に閉じこもっているのだろう。人家も畑も川縁も、濡れそぼっている。


IMGP0078 (1)どの草も 生き様を知り 実を結ぶ
どのくさも いきざまをしり みをむすぶ

秋の初めである。隆盛を極めた時は去り、小さな種に生命を封じ込め、静かに我が身が朽ち果てるのを待つ。日差しの弱さが、風の冷たさが、己のそんな生き様を気付かせてくれる。草でさえ自分の一生を知っているのに、わたしは自分の人生を見通せない。


IMGP0096 (1)IMGP0112 (1)

IMGP0097 (1)秋の田は 競うて黄金 錬金す
あきのたは きそうてこがね れんきんす

田水落ち いよいよ米の 近付きぬ
たみずおち いよいよこめの ちかづきぬ

稲濡れて 息災祈り 願をかけ
いねぬれて そくさいいのり がんをかけ

秋の田の始まりは、青いままの葉と穂、色づき始めた葉と穂が混じり合って、色合いが美しい。これから秋が深まるにつれて、田は枯れ色に染まり、枯れ色は黄金色になる。稲作も終盤に差し掛かってきた。しかし、せっかく田水を抜いたの、この長雨は稲の病気が心配だ。私の息災もついでに祈ろう。


IMGP0110 (1)この蜻蛉 この田の稲と 血を分かつ
このとんぼ このたのいねと ちをわかつ

穂の側で 蜻蛉もじっと 羽根を止め
ほのそばで とんぼもじっと はねをとめ

蜻蛉の目 穂の色合いを 同定す
とんぼのめ ほのいろあいを どうていす


IMGP0104 (1)IMGP0107 (1)

稲妻が 激しく愛を 注ぎたる
いなづまが はげしくあいを そそぎたる

雷が 稲なぎ倒し 渦を巻く
かみなりが いねなぎたおし うずをまく

秋の田の中に幾つもミステリーサークルができていた。原因は分からないが渦を巻いたようにして稲が倒れていた。雷光によって稲が実る。だから稲妻らしい。この雷光は歳時記の説明では雲の風雨も伴わない。晴れた夜空に遠くで光となっている、秋の季語だ。だが、ミステリーサークルの謎は、激しい風雨を抜きにしては考えられ無い。
雷は夏の季語で、雷光、雷鳴、豪雨を含めた現象と歳時記にある。つまり、ここ最近日本中に被害をもたらしている雷雲と一致する。稲が秋の季語だ。


IMGP0113 (1)肌紅き 唐胡麻の毒 役にたち
はだあかき とうごまのどく やくにたち

紅の妙 活けるみずまに 毒あらば
べにのみょう いけるみずまに どくあらば

唐胡麻(とうごま)。季語は秋だ。ここにあるのは生け花で使われる園芸品種の「みずま」であろう。「みずま」は紅い葉と、紅い茎をもつ。唐胡麻は「ヒマ(蓖麻)」とも呼ばれ、その種子は「蓖麻子」である。とげとげの殻の中に三っつ入っている蓖麻子は宝石のように美しい模様を持ち、しかも油が採れる。この油を蓖麻子油と呼ぶ。下剤として処方する、あのヒマシ油だ。唐から来て、胡麻のように油が採れると言う意味で、唐胡麻となったらしい。全体に毒がある。その毒を利用して下剤とするわけだ。
ヒマシ油の元だと知るまでは、この毒々しい色合いに、気持ちの悪い不気味さが先に立っていた。60年近く生きてきて、初めて目にした唐胡麻だった。




【2008/08/28 23:46】 | 俳句 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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小豆の炊き込みご飯
小豆の炊き込みご飯を作った。

IMGP0127.jpg

小豆の炊き込みご飯?
赤飯じゃないの、と声が聞こえてきそうだ。
赤飯はもち米と相場が決まっている。
ところが、もち米は思いの外高い。
二度ほど、もち米とうるち米で赤飯を炊飯器で炊いた。
これが、結構美味しかった。
本来はもち米を蒸籠で蒸したものが赤飯なのだ。
炊飯器で炊いたものも味に遜色はなかった。何よりも、手間がかからない。
それで、もち米なしで炊いてみようと思った。
どっちみちそうするなら、もっと美味しくしようと考えた。
それで、小豆の炊き込みご飯となったわけだ。

IMGP0117.jpgIMGP0120.jpg小豆を良く洗ってから煮る。
沸騰したら5分くらい煮て、煮こぼす。(煮汁を捨てる)
水を新しくして、また煮込む。
15分から20分。途中沫のようにアクが浮くから、こまめに取る。
食べてみて、硬めでも食べられるぐらいなら、火を止める。

IMGP0116.jpg材料は↓
米七合。
鶏のもも肉。小さく刻む。
油揚げ2枚。細く刻む。
舞茸3パック。ばらばらにする。
味付けは、和風ダシ1おたま、醤油1.5おたま、みりん1おたま。
小豆250g~300g。

IMGP0124.jpg煮上がった小豆の半分ぐらいと、熱いままの煮汁を炊飯器の8合まで入れる。
足りないときは水を足して8合にする。(米は7合)
おたまでかき混ぜて小豆と米を混ぜる。
水の量が決まったら、和風だし、醤油、みりんを入れる。
味見をして、好みにする。小豆の味を楽しむため、ここでは、薄味にしてあある。
鶏肉、油揚げ、舞茸を入れる。
炊飯器を炊き込みご飯にセットする。スイッチを入れて炊き込む。簡単でしょう。

IMGP0129.jpgできあがったら、お釜の中を転げて具材をご飯と小豆に混ぜ込む。
シャモジは切り刻む感じで動かし、べたべたにしないように注意する。
後は、茶碗によそって食べるだけ。
あ~~~。溜め息が出るほどおいしい。


(^。^) 煮小豆を作る。

鍋に残した半分の小豆は、小豆の量の倍ぐらいの水を足して煮込む。
水気が小豆の量と同じくらいになったら、塩を大さじ1杯ぐらい入れる。
砂糖を大さじ8杯ぐらい入れる。好みの味付けにする。ここでは、薄味。
時々かき混ぜながら、しばらく煮て水の量が、小豆の半分ぐらいになったら、火を止める。
蓋をして、しばらく置いておく。
小豆に、甘さとうすい塩味が染み込む。煮小豆の完成だ。
好きなように食べる。おいしい。

鍋の半分ぐらいになったら、我慢して食べない。
2リットルぐらい水を差す。


(^o^) 小豆寒天を作る。

IMGP0131.jpg2リットルの水を入れたら、水分量に見合う粉寒天を入れて、溶かし込む。少し多めがいい。
火にかけて、焦げ付かないように、木べらでかき混ぜながら沸騰するまで煮込む。
チョコレート(名糖のアルファベットチョコレート)を20ヶ入れて溶かし込む。
味を見て、足りなければ、砂糖を加える。
良くかき混ぜて、隅に固まった寒天を溶かす。
沸騰したら火を止める。
ブランデーを入れる。
容器に入れて、冷ます。
キッチンペーパーをかけておくといい。
冷めて、固まったら,蓋をして冷蔵庫で冷やす。


  これがあずきチョコレート寒天だ。V(^○^)V
IMGP0134.jpg

むちゃくちゃに美味しいのだ。チョコレートと小豆のコラボレーション。

ごちそうさまでした。


【2008/08/27 23:51】 | 料理 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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甥の結婚式を (._.)オジキ が撮った。
IMGP0003.jpg

8月23日(土曜日)に甥が結婚式を挙げました。
女房の弟の長男です。
女房は三人兄妹の真ん中で、上に兄貴、下に弟がいます。
兄には、。弟には、
うちには、と子供たちがいます。
この七人の子供たちは年が同じか,近いので皆仲良くしています。
従兄、従弟、従妹、従兄弟、従姉妹、いとこと言う関係です。
赤字は同じ年のいとこです。女の子同士も同じ年です。
いとこ達はどちらかというと奥手の方で、結婚などと言うものから縁遠いところにいる者だと思っていました。
親の目から見ると、子供は何時までも子供なんですね。子離れができません。
子供達も、親離れできずにいます。
と、それは我が家だけだったのです。
我が家の子供達には生まれてこの方、彼女とか、彼氏とかいたことがありません。
可哀想にと親心に思います。
言うのも何ですが、我が家の子供達は美男美女です。
「えーっ。結婚」
「本当かよ」
「なんだ、そりゃ」
と、いとこ連中はびっくりしゃっくりでした。


IMGP1930.jpg

↑固めの杯。両家の親族が結婚式に立ち合いました。
式場内での写真はご遠慮下さいと言われたので、二枚だけこっそりと撮りました。


IMGP1929.jpg

↑新郎新婦がたった今まで座っていました。式は無事に終わりました。二人は晴れて夫婦です。

IMGP1923.jpg←新郎新婦と伯父貴。  女房と私→IMGP1944.jpg


IMGP1949.jpgIMGP1950.jpg白無垢から文金高島田にお色直し。
両家のご両親と登場し、披露宴が始まりました。
新郎新婦が舞台の中央に着座します。
仲人はおりません。


IMGP1952.jpg  IMGP1953.jpg  IMGP1955.jpg

↑二人の初めての共同作業としてケーキ入刀が行われ、新婦が新郎に大きなしゃもじで食べさせます。このケーキは後でみんなに振る舞われます。


IMG_1781.jpg  IMG_1782.jpg  IMG_1783.jpg

↑二度目のお色直しで、新婦はワインレッドのドレスで登場します。
新婦の顔が明確になり、可愛らしさが引き立ちます。


IMG_1789.jpg  IMG_1791.jpg  IMG_1794.jpg

IMG_1796.jpg先ずは新郎の両親の席に、キャンドルサービスです。
新郎の父が花嫁を嬉しそうに見上げています。
新郎の母は息子が心配です。
我が家のテーブルにも来ました。私はいたずらをして、キャンドルを遠くに置き、芯に水を付けました。案の定、二人は伸び上がってキャンドルに火を灯そうとしますが、なかなか点きません。それでも、やっと点いた光は二人の幸せがお裾分けされたようで、明るく輝いていました。


     IMG_1799.jpg     IMG_1802.jpg     IMG_1804.jpg

↑キャンドルサービスの締め括りは、メモリアルキャンドルへの点火です。
たくさんのシャボン玉が吹き出し、ハートの形にキャンドルが灯っていきます。


IMGP0002.jpg  IMGP0005.jpg  IMGP0007.jpg

↑披露宴は佳境に入っていきます。友人の挨拶で新郎は涙をながしました。優しい子です。

IMGP0013.jpgIMGP0020.jpg新郎新婦が歌います。
新婦の父が「娘よ」を熱唱します。
娘が心配そうに父を見詰めます。
新婦の父は歌うことに一生懸命です。
まだ、寂しさを実感していません。


IMGP0023.jpgIMGP0026.jpg披露宴はクライマックスに入ります。
新郎新婦が両親に感謝の手紙を読みます。
両家の両親が入口の舞台に並びます。
会場は涙に包まれます。
一番いいところです。


IMGP0027.jpgIMGP0029.jpg花束贈呈です。
感謝の気持ちを込めて両親に手渡します。
新婦の父はここで、この上ない寂しさにおそわれます。
行っちゃうのかよ。本当に。


IMGP0036.jpg  IMGP0039.jpg  IMGP0040.jpg

↑新郎の父が両家を代表して挨拶します。
新郎の父は女房の弟です。女房は弟がちゃんと挨拶している姿に感動し、感極まり、涙を流していました。おねーちゃんは、いつまでたっても、弟のことが心配なのです。


IMGP0048.jpg  IMGP0057.jpg  IMGP0053.jpg

↑結婚式と披露宴が無事に終わりました。新郎の両親はほっとしたようです。
新郎の母が娘の彼氏と話します。
「次はあんたらだからね」
「はい。よろしくおねがいします」

新郎新婦と両家の両親がお客様を見送ります。
ロビーのあちらこちらで記念撮影が始まりました。おっ、我がファミリーも勢揃いです。


IMGP0058.jpg

↑おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。


IMGP0059.jpg

↑イェーイ。Vサイン。何て可愛いお嫁さんでしょう。



幸せになって下さい。
世界中の誰よりも幸せになって下さい。
不幸だと思っている人たちみんなに、
たくさん分けてあげられるくらい、
幸せになって下さい。
おねがいします。
そして、
今日は、ありがとうございました。
今日は、ちょっぴりだけど、幸せになりました。
今日は、元気になりました。
楽しみにしていますから、
たくさん、たくさん、幸せになって下さい。


【2008/08/26 02:22】 | 冠婚葬祭 | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)
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広尾から原宿を歩く 8/20の散歩
IMGP1867.jpg

↑246号(青山通り)沿いに新しいランドマークができあがっていました。内装をしているのか、ディスプレイをしているのか、まだオープンはしていませんでした。そびえ立つ壁面は斜めに切ったように見えます。ガラスを多用した斬新な建物になっていました。私が仕事でいた頃は塀に囲まれた工事中の場所でした。その前は紀伊国屋だったらしい。何が入るのかまで分かりません。


IMGP1846.jpg  IMGP1847.jpg  IMGP1848.jpg

↑蝉の季節も残り少ない。今まで高いところにいた蝉が低いところに止まっていました。この後、地面に卵を産むのでしょうか。
交尾の終わった雌蝉はぎざぎざの産卵管を使って、木の皮の内側に卵を産みます。少しずつ移動しながらたくさん産みます。木にぎざぎざとついた傷が見られます。卵からかえった幼虫は卵の殻から垂れた蜘蛛の糸のような物に掴まりながら地面に落ちて、長い地中暮らしを始めます。ここまでの間に卵も幼虫もいろんな生き物の餌になります。なんか辛い人生だな。

おっと、こんなことをしている場合ではない。
今日は、広尾の日赤への通院日でした。慌てて、駅に向かいます。
「間に合わないわよ」
「いそぎます」
女房は我慢強く、私の寄り道を待っていました。
駅まで早足です。心臓が・・・、心臓は大丈夫のようです。


IMGP1850.jpg  IMGP1851.jpg  IMGP1852.jpg

IMGP1853.jpg日赤はまだ工事中です。それでも、来る度に少しずつできあがっています。いままで塀に囲まれていたところに大きく立派な松の木が姿を現しました。
広尾側から行くと正面玄関ではなく裏口っぽい外来入口から入ります。
小さいですけど、ハーブ園、薬草園が手前に造られています。

IMGP1854.jpgIMGP1855.jpg診察には15分遅刻しました。先生ごめんなさい。蝉に気を取られてしまい、出発時間を遅れました。
診察は15分くらいで終わりました。思ったよりも早かったので、表参道、原宿方面に散策に行くことにしました。日赤の工事に合わせて、日赤の目の前に高級なマンションを建築しています。病気になったら大変便利なところです。
正面玄関側の通称「日赤通り」に調剤薬局があります。そこで、薬を処方して貰い、六本木通りに向かって歩き出しました。

IMGP1856.jpg  IMGP1857.jpg  IMGP1858.jpg
↑六本木通りの日赤側です。おしゃれなイタリア料理店があります。向こうに六本木ヒルズが見えます。
六本木通りは地下道を通って、向こう側にでます。ちょうど「高木町の交差点」のところです。
地下道を潜ってくれば、そこは「骨董通り」と呼ばれる通りです。骨董屋さんが目に付きます。
IMGP1859.jpgIMGP1861.jpgおしゃれなファッション関係のお店もたくさんあります。ちいさなパン屋さんで菓子パンを三つ買いました。クロワッサン、オレンジなんとか、ウインナーなんとか。女房と歩きながら食べました。とても美味しかったです。背が高いくスレンダーで金髪の美しい女の子たちとすれ違いました。「写真」と気付いた時には遙かに離れていました。お願いしても、撮っておけば良かった。


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↑根津美術館は2009年まで工事中です。入口のサルスベリがピンク色の花房を咲かせていました。スターバックスには外人さんが当たり前のように座っています。
女房が時々買って来るチョコレート屋さん。今もうちの冷蔵庫にありますが、めちゃくちゃ美味しいです。10月からは生チョコレートが売り出されます。

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↑「南青山五丁目」の交差点です。「骨董通り」と146号線「青山通り」がぶつかるところです。超有名なお店のビルもあります。
「うぉーっ」
目の前に見知らぬ奇を衒ったような斬新な設計のビルが聳えていました。
「な、なんだ、これは」
「なんか、倒れてきそう」
「斜めに立っているのか」
と、そんな会話を女房としました。


IMGP1869.jpg  IMGP1870.jpg  IMGP1871.jpg
↑「表参道」の交差点です。
「表参道通り」を神宮前、原宿方向に歩いてきます。
高級ブランドのショップが軒を連ねています。ウインドウにはもう秋冬物を着たマネキンがポーズを取っています。
「暑いでしょう」
「まだ、夏だもの。汗だくよ」
なんて会話になりそうです。モノトーンに近い鈍く輝く茶系の色合いが多く見受けられます。


IMGP1872.jpg  IMGP1873.jpg  IMGP1874.jpg
↑超有名なお店とCafeです。まだ寒い頃でしたか、やはり日赤から歩いて来て、ここで女房とお茶をしました。ああ。あれは心筋梗塞で倒れた後、退院の時でした。
「fcuk]と書かれた看板に驚きますが、「fuck」とは違います。この原宿二丁目商店街をちょっと入った辺りに、ブラジルの「シュラスコ料理」をやっているレストランがあります。配給停止を表示するまで、お皿に肉を盛られます。でも、ここのはアメリカで食べたより美味しかったです。


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IMGP1880.jpg表参道ヒルズです。中におしゃれなお店がぎっちり詰まっています。ゆったりした坂道を歩いていけば二階三階と階を上ることができます。ビルの中に坂道があって、その坂に沿ってお店が並んでいます。不思議な空間でした。今回は入っておりません。


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↑右を見ても、左を見ても、通りの向こうを見ても、超有名なショップばかりが並んでいます。ことによると、一生、外から眺めるだけかも知れません。
「これ買って」
女房がウィンドウを覗きながらいいます。
「いくら」
「42万円」
「おお、安いじゃない。それにしなよ」
「ばかね」
「カードの上限70万円だぜ」
「恐いもんなしね、うふふ」

もちろん、買えるわけなどありません。
そんなことは承知で、会話を楽しんでいるのです。


IMGP1883.jpg  IMGP1884.jpg  IMGP1885.jpg
↑「神宮前」交差点です。人通りがめちゃ増えました。平日ですよ。
なんだ、この人間の数は。


IMGP1886.jpg  IMGP1887.jpg  IMGP1888.jpg
↑原宿まで行きかけて、明治通りに戻り、渋谷方向にちょっと歩いて、路地に入りました。
目的は「餃子」です。おしゃれなこの町に来ても、食べるものは「餃子」なんです。たいてい、いつもそうなってしまいます。その店がある方向を見当づけて路地に入りました。
8月24日にはスーパーよさこいパレードがあるみたいです。


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↑ちょっと、道に迷ってしまいました。でもこの「隠田ストリート」に出ればもう分かります。


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IMGP1896.jpg先ずはもやしの肉がけで生ビールをいっぱい。喉ごしが堪りません。
水餃子が来ました。つるつると入ってしまいます。
真打ち登場、焼き餃子です。この焼き加減が何とも言えません。
ちなみに、女房は明日の仕事を考えて、ニンニク、ニラ抜きです。私は、当然、ニンニク、ニラ入りです。そのかわり、女房は生ビールを2杯半飲みます。半とは私の分も飲んでしまうからです。アルコールはめっきり飲めなくなりました。
ここは、安くて本当に美味しいお店です。昔は餃子を三皿、四皿たのんで、ガンガンビールを飲んだものです。



IMGP1897.jpgIMGP1898.jpg食べ終わって原宿通りに出てくると、陽が落ちて、明かりが灯り始めていました。
表参道駅まで歩いて千代田線で帰りました。帰りの車中は爆睡状態でした。


今日も付き合ってくれた女房に、
「ありがとうございます」
と、心の底から、お礼を言います。
そして、ごめんね。
42万円は手が出ません。



【2008/08/21 14:32】 | 散歩 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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人子吟句 8/20
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初嵐 静まりかえる 蝉の庭

「あっ、部長だ」
蝉の庭は盆明けのオフィスか?

まだ、社長(野分)の登場じゃない季節か。

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初嵐 隠れ潜んで 幹の裏

「へへへ、ここにいれば」
寄らば大樹の陰かい。



【2008/08/20 07:27】 | 俳句 | TRACKBACK(0) | COMMENT(3)
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でんばー物語1
img015.jpg1999年10月1日に成田からアメリカン航空のダラス行きに乗った。
今もそうだが、当時も手帳にメモを残す習慣がなかった。
また、何か書いたとしても、字が汚くて後で読めた物ではなかった。
だから、このデンバー物語は、当時撮った写真から思い出した記憶の断片を紡いだ物語となる。まあ、10年近く経っているのでその記憶も曖昧だが、これ以上忘れないうちに記述しておこうと思う。
当時も、物書きになりたいと思っていたにしては、お粗末な習慣だ。
デジタルカメラなど一般的では無い時代だから、写真はディスポーザブルカメラで撮った。
10年経っているので、人物はその容姿を変えているかも知れないが、10年ぐらいではおいそれとは変わらない。できるだけ景色だけとか、人物の遠景を使うつもりだが、胸から上の写真も載せてしまうかも知れない。
と言っても、住所も名前も分からない状態だから、こちらから連絡することはできない。
物語の進行上勝手に使わせて貰うが、気付いて、困るという方はすぐに連絡して欲しい。その写真は物語から外す。
何故、ダラス行きの飛行機に乗ったのかと言うことだが、デンバーへの直通便が無く、ダラスでアメリカの国内線に乗り継いだ。
つまり、最終目的地はコロラド州デンバーと言うことだ。
では、何をしにデンバーくんだりまで行きたかったのか。
留学という、この上なく良い響きの言葉が当てはまる。
まあ、留学と言っても語学留学で、英会話を習いに行ったわけで、難しい学問を研究しに行ったわけではない。
でも、英会話は私にとって、難しい勉強だったし、習得することはついにできなかった。

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ビザは観光ビザではなく、F1ビザと呼ばれる留学ビザだ。
多少、デンバーに在住している従弟に助けて貰ったが、旅行代理店や留学屋さんの世話にはならず、留学先の学校と電話とファックスでやり取りしI-20を出して貰い、アメリカ大使館に申請してF1ビザをとった。やればできるが、方法は暗中模索、英語は無学文盲と来ては、一字一句を辞典で引きながらの気の長い作業だった。しかも、デンバーに行くと決めてから飛行機に乗るまでの時間はタイトだった。I-20のための留学先とのやり取り、パスポート、F1ビザ、航空券。書類の記入もあるし、卒業証明書、弟に依頼した身元保証レター、銀行の預金とその証明書。
この時期、ちょうどDTPエキスパート試験を受けて、課題提出締め切り日が9月6日、その日にアメリカ大使館にビザ申請用紙を取りに行った。9月7日にパスポートを申請し、就職活動をしていたので、紀尾井町の東京エグゼクティブという人材会社にも行った。
9月8日は町内会のゴルフで神崎カントリークラブに行き、翌9日に柏のHISに航空券を予約しに行った。9月10日午前10時が松戸北部市場祭りのポスター締め切り日だった。ぎりぎり間に合って市場祭りの関係者に手渡した。
9月14日にパスポートが出来上がり、その日にF1ビザをアメリカ大使館に申請した。
これまでの数日で、町田市の玉川大学に卒業証明書、成績証明書を取りに行き、500万円をかき集めて、銀行に預け、英語の預金証明書を出して貰い、弟に身元保証人レターを書いて貰った。持ち家を証明するための登記簿謄本を法務局から取り、武蔵野市役所まで行って戸籍謄本を取ってきた。もちろん、留学先の学校から留学許可受け入れ証明書I-20を郵送して貰っている。
初めは、北小金駅前のノバに駅前留学するつもりだった。
人材会社東京エグゼクティブで、
「キャリアは申し分ないのですが、これを読めますか」
と、A4に英語がびっしり書かれた物を差し出されたのが8月中頃だった。
見ても、読めなかった。
「解りません。これは何でしょう」
「オーストラリア大使館のIT関連の仕事の内容を書いた物です」
「オーストラリア大使館」
「そうです、大使館のIT主任の仕事なのですが、英語ができないとどうにもなりません」
「そうですか。今から、ノバに駅前留学してもダメでしょうか」
「とても、間に合いません」
来年は確かオリンピックがシドニーで開催されるはずだった。
「残念ですが」
「残念です」
これが切っ掛けだった。
再就職するためには、英会話ができないといけない。と、そう思い込んだ。
オーストラリア大使館はダメでも、まだ他にチャンスはあるかも知れない。
北小金駅前のノバに行ってみた。
今は倒産してしまったが、当時は駅前留学は全盛期だった。
授業料は高かった。
ふと、アメリカのデンバーに従弟が居ることを思い出した。
この時点では、アメリカに行く気など全く無かったが、何となく、英会話ならこの従弟だろうとイメージしていたのだ。
叔父から電話番号を聞き出し、一応時差を気にしながらかけてみた。
「英会話を勉強したいのだが、駅前留学でノバにいこうと思う」
経緯を説明すると、アメリカで勉強することを勧められた。
「ノバに払う金額より安く勉強できるし、24時間英語だらけだから、早く身に付けることができる」
「なるほど」
「で、どのくらい来られるの」
「1ヶ月」
「1ヶ月じゃ、何も解らない。旅行じゃないんだから」
頭の中では、すぐに再就職しなければならないという命題が明白となっている。
「じゃあ、3ヶ月」
「おいおい、無理だって。全くしゃべれないんでしょ。最低1年は必要だよ」
「1年は無理だ。半年でどうだ」
「半年か。英語がやっと解る程度かな」
「半年行ってみて、延長するかどうか決めるよ」
「わかった。良い学校を知っているから、手配しておくよ」
「ありがたい。よろしく頼む」
なんだか、値切り交渉をしているようだったが、気が付けばアメリカに行くことになっていた。
「アメリカに行ってくる」
「いってらっしゃい」
女房は良き理解者だった。
あるいは、居ない方がせいせいしたのかも知れない。

留学先の学校から書類が届いた。
I-20申請用の書類だ。
全て、英語で書いてある。全く意味不明だ。
辞書を片手に一字一字訳しながら日本語を振っていった。
日本語に訳しても解らないところが多い。
ホームステイ先としての条件が選択できた。
動物は、犬は、猫はなどである。
結果、40代中頃の独身女性がホスト先に決まった。
何となく、どきどきするような決定だ。
「40代半ばで、独身だってよ」
「それは、大変ですね」
何が大変なのか解らないが、町内の仲間たちはにんまりと笑っていた。
しかし、大きな見込み違いだった。
独身女性と言うことは働いていると言うことだ。
働いていると言うことは、留学生と充分に接することも、おいしい夕食も出せないと言うことだ。
しかも、アメリカの家庭的な雰囲気は望めないと言うことにもなる。
話を端折るが、2ヶ月でホームステイ先を変えて貰った。
ハロインを過ごした後、クリスマスは家庭的雰囲気が味わえるファミリーがいる先に変えて貰った。
条件に、美しいお嬢さんが居て、お金持ちでなどと勝手なことを言ったが、その通りの先を紹介してくれたのには驚いた。
img010.jpg  img014.jpg
初めににホームスティをした家は、デンバーの隣町イングルウッドにあった。
コロンバイン高校の銃乱射事件は隣町で、アメリカに留学したこの年の4月20日に起きている。ホームステイ中に、すぐ近くの銃砲店で娘さんの後遺症を悲観した母親が自殺をするという事件が起こった。静かで、寂しい町だったが、住人は必ず挨拶してくるほど気さくだった。しかし、ベッドも安っぽかったし、机の下はたくさんの学生たちの足の臭いがこびり付いていた。

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12月から4ヶ月間世話になった二軒目のホームステイ先はオーロラの高級住宅街にあった。家のある住宅街は塀で囲まれていて、いかにも、金持ちが住んで居るぞという雰囲気だった。与えられた部屋は地下にあり凄い広さだった。
地下には、子供たちの部屋もあり、居間、ビリヤード部屋、コンピュータ部屋などがあった。子供部屋には風呂が付いていた。家屋の右側に駐車しているスバルのワゴンが私の車だ。3000ドルで購入した12年ものだが、故障ばかりしていた。アクセルをいっぱいに踏み込んでも坂道だとスピードが出なかった。この車に4人乗って、コロラド、ニューメキシコ、アリゾナ、ユタを旅してきた。ボールダーやキーストンなどのスキー場にも行った。壊れかけた喘息持ちのタフガイだ。

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変えて貰ったホームステイ先は、大金持ちの家で、二十歳の海兵隊所属の男の子を筆頭に、五人の子供たちが居た。男二人、女三人だ。美男美女だった。小さな子はロシアから5才の時に来て、8年で英語がぺらぺらだ。13才の女の子の友達でたまたま居合わせた。
赤いサンタクロース帽を被った子は18才だった。一番下の子が5才の女の子で、白血病だった。


F1ビザが下りないと航空券が手配できない。通常は10日間ほどかかるし、記載漏れや、怪しいところがあれば、呼び出されて面接を受けなければならない。
学校は1週間単位の随時入学が可能だが、10月4日からで申し込んである。
何としても10月1日には飛行機に乗らなければならない。
胃が痛くなるようなスケジュールだった。
10月24日に承認され、27日頃に届いたと思う。その足でHISに行き,航空券を確定させた。とにかく、10月1日には飛行機に乗れた。


学校はデンバーの中心地から外れた処にあったが、郊外ではない。
朝早くから真面目にみんな通学してくる。入口でたばこを吸いながら、覚えたての英語で話す。たどたどしいが、通じる。
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たいていは「Good morning」と挨拶してくるが、「What's up」と言ってくる奴が居た。
すかさず「Chinchin up]」と応えていた。元気だという会話だ。これは流行った。男の子はにんまりしていた。女の子には内緒だった。「What's」と返されると「I'm good」と答えた。

クラスも少人数で、しゃべる機会が多かった。
先生のネーティブ英語は、解らなかった。留学生同士だと通じるのだが。
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img018.jpg毎週末には、何らかのイベントが組まれていた。
ショートトリップには何回か参加したし、金曜日には時々パーティが開催された。

かの有名なボルダーの町だ。秋の一番良い季節なのか観光客が溢れていた。道端では大道芸人のパフォーマンスやダンスが披露されていた。


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ショートトリップは月に二回ほどあり、参加は自由だった。20ドルとか30ドルぐらいの参加料金で往復昼自動車、食付きだった。

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誕生日だの、グリーンデイだの、ハロウィンだの、有名人の卒業だの、何かにつけてパーティが行われた。

img022.jpg
ボランティアで海外交流を目的として、小学校のイベントに駆り出された。
ひょっとこ踊りを披露して、手品をおこなった。結構受けたのが嬉しい。

続きはまたの機会に書くつもりだ。
恋だの、冒険だのと言う話になるかどうかはお楽しみと言うこと、これからの展開を期待して欲しい。



【2008/08/18 06:54】 | 小説 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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500人目は、どなたでしょう。
本当に驚いています。
昨日は30名の方々のご訪問を受けました。
本日は、13:00までに8名の方々が訪ねて来られてます。
ブログを書き始めて、ほぼ2ヶ月です。
都合482名の方に訪問していただきました。
後18名さまで、500名を数えることになります。
私の中では、大事件です。
24時間以内では、URLの重複カウントはありません。
と言うことは、最低でも30名の方が、ブログの友人になっていただいたと言うことです。
最高だと482名の方が友人なのです。
すごいです。凄すぎます。
まだ、小説の部分を手がけていません。
今後、小説も充実させていきますので、みなさん、いつまでも友人で居てください。
お願いします。



IMGP0679紫の花




【2008/08/17 13:31】 | 散歩と料理 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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