散歩と料理と小説と俳句と丸々
散歩は、糖尿病と心筋梗塞予後のためにしなくてはならないので、デジカメを持って我が家の近所を歩き回っています。 料理は、奥さんが働いているので夕飯を作ります。 小説は、夢を見続けて、小説家を目指しています。
プロフィール

きんさん

Author:きんさん
いつの日にか、自分の小説を本にしたいと夢見ている幻想世界の住人。



ボタンを押して、投票をお願いします。

blogram投票ボタン



掲示板(Never-Ending)

http://kinsan.8.bbs.fc2.com



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のコメント



最近の記事



カテゴリー



カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -



FC2カウンター



FC2オンラインカウンター

現在の閲覧者数:



月別アーカイブ



最近のトラックバック



RSSフィード



ブログ内検索



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QRコード



黒猫が家族になりました。(×_×)
IMGP0383_20100808001009.jpg


(×_×)黒猫が家族になりました。
名前は「ナイ」と言います。
黒猫だから、ナイト(night:夜)と安易に付けました。
だから、普段の呼び名、あだ名は「ナイ」なのです。
長女を守ると言うことで、knight(ナイト)と言う意味もありますが、
今のところ、長靴を履いた猫のようなわけにはいきません。
ある駅の野良猫だった彼が、無理やりに拉致されて我が家に連行されたときには、まだ名前がなかったので、
「吾輩は猫である。名前はまだ無い」の「無い」から「ナイ」になったと言う、学説もあります。

漢字では「乃」「ナイ」と書きます。
長女が見つけた漢字です。

仕事場の先輩が、
「両手の平に乗るほどで、良くなれていて、これが可愛いんだ」
「そんなに小さいのですか」
先輩の両手の間隔が気のせいか広くなったような気がしたのですが、
「どう、飼わない」と勧められて、
「そんなに小さいのなら、馴れるでしょうから、じゃあ、飼いましょうか」
「明日の朝に、捕まえて、持っていきますよ」
「よろしくお願いします」

女房、子供には事後承諾と言うことで、小さな黒猫を飼うことに決めたわけです。
案の定、女房も長女もOKでした。
次男は死んだ「チャコ」を思って、あまりいい顔はしません。
長男は我関せずといった態度です。
まあ、長女と女房が良いと言えば、黒猫の子猫も我が家の一員になったようなものです。

平成22年7月24日(土)早朝(6:00頃)彼はキャリーバックに入れられて運ばれてきました。

小さな黒猫で、人なつっこいはずでしたが、私の部屋に放した途端、暴れまくり、障子のほとんどが破られ、次男も私も鋭い爪の猫パンチの犠牲になりました。

IMGP0401_20100808001122.jpg
<猫パンチ>

その日の午前中にキャリーバッグを購入し、次男にバスタオルで包み込むようにして捕まえてもらい、購入したばかりのキャリーバッグに押し込み、近所のペットクリニックに連れて行き、3種ワクチンを打ってもらい、ノミ取り薬を付けてもらいました。
キャリーバッグに入れたまま、マツキヨのホームセンターに走り(車で)、2階建ての猫用ケージや餌やトイレ用の砂を購入し、家に帰り、ケージを組み立て、匂い取りマットを敷き、臭い取り砂を満たしたトイレとチャコが使っていた爪研ぎ、キャリーバッグの中でお漏らしをした高級バスタオルを「ケージ」に入れ、餌と水を2階部分に置き、子猫をケージの中に放しました。

IMGP0403_20100808001120.jpg

黒猫は、生後3ヶ月以上経っていて、両手の平に乗るようなサイズではありませんでした。
全く、人には馴れておらず、2週間経った今でも、まだ馴れず、鋭い爪の猫パンチを繰り出されます。
しかし、雄猫だからなのでしょうか、長女はケージの隙間から素手を入れて凶暴な黒猫を撫でています。
長女には懐いたようですが、気分次第と言うところらしいです。
女房にも馴れ始めているようですが、私には、全く、懐こうとはしません。

IMGP0391_20100808001004.jpg

IMGP0390_20100808001006.jpg

障子の他に、羽布団に二度糞尿をされ、ホットカーペットに糞尿をされ、私のキャリーバッグに尿をされ、部屋の中は「ナイ」の糞尿の臭いに満ち満ちています。

IMGP0386_20100808001007.jpg

IMGP0385_20100808001008.jpg

それでも、飼うことに決めていますので、例え、馴れなくても、彼は、もう我が家の家族なのです。

まあ、「こんにちは、よろしくね」
と言うことで、悪戦苦闘の毎日が続きます。

ホームセンターで、ブタ皮の手袋を購入しました。猫パンチには絶大の防御効果を持っています。
小さめのケージも購入しました。トイレ掃除の際に、「ナイ」を一時閉じ込めておきます。
扉と扉を合わせ、間に通路を造り、二階建てのケージから追い立てて、小さなケージに押し込みます。
そうでもしないと、ケージに戻すことがなかなかできません。
戻せないと、そこら中で、糞尿をまき散らされてしまいます。

早く、「チャコ」のように馴れてもらいたいものです。
ケージから出て、こんな感じで、トイレと餌場を覚えて、家の中を自由に走り回り、家族に懐いてくれる日を夢見ながら、女房と悪戦苦闘していくつもりです。

IMGP0392_20100808001003.jpg

鳴き声が、おっさん「はるな愛」なんで、可愛くないんです。
その声で「ナーイ」と鳴きます。
もう、自分の名前を言えるようです。
賢いですね。


【2010/08/07 23:30】 | 家族自慢 | TRACKBACK(0) | COMMENT(1)
↓ランキングにご協力をお願いします。

叔父の法事
叔父の法事があった。
もう、一年が経つわけだ。
いとこの中に面白い奴が居る。
そのいとこの父親の法事だった。
死んだ叔父も、いとこも無神論者?らしい。
だから、葬式の時も、法事の時も坊さんを呼ばない。

はっ、と、気付かされる。
当たり前のように、坊さんを呼んで、お経を上げて貰う。
残された者の気持ちの問題だから、無神論でも、その者の神様、仏様でもいいわけで、当たり前のように宗教家たちに儲けさせることはないのではないか、と考えさせられた。
その分、集まった者たちで、美味しいものを食べ、楽しい一時を過ごし、叔父の生前の話題に触れ、懐かしむ。
そのことが、大切で、お経を唱えることや、アーメンと唱えることに意味などないと、気付かされた。
そんなもののために、戦争をして、大切な生命を蔑ろにすることの方が、多分、大問題なのだろう。
そのことに、あるとき、みんなが気づき、本当の悲しみや、家族への思いを知る、そんな時が来れば、戦争の半分はなくなることだろう。



【2009/12/03 07:38】 | 家族自慢 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
↓ランキングにご協力をお願いします。

年金を貰う年が近づいて来た。 m(__)m アリガトォ
IMGP1242_20091103185044.jpg
ゴジラの顔ですニューヨークヤンキーズで活躍中です。(-。-;)

心筋梗塞後、一年七ヶ月ぶりに8月18日から働き始めて、疲れ切って帰ってきます。
大した重労働ではないのですが、夕方5時~6時には仕事を終えて、3分歩き、4駅乗って、10分(通常6分)歩き、帰宅します。駅前のスーパーでちょっと買い物をしても、職場を出てから30分~40分後には家に着きます。
就労中はあまり疲れを感じないのですが、この、帰路で一日の疲れをどっと感じます。
家族の中で一番早い帰宅後、女房が甲斐甲斐しく用意してくれている夕飯を食べ終えると、倒れ込むように就寝してしまいます。
私が働くようになってからは、夕飯を女房がまた作るようになりました。
女房も働いているのですが、そして、疲れ切っているはずなのですが、本当に頭が下がります。
私の夕飯を女房は出勤前に作っていきます。本当に甲斐甲斐しく世話をしてくれます。
感謝です。
たまたま夕飯の支度がないときに、私が台所に立っていると。早番で帰宅した女房が、「私がやるから」と、てきぱきと夕飯を作り始めます。
女房の手料理は、やはり、美味しいです。
減りかけていた体重が、少しだけ増えています。
しかし、なんで、こんなに疲れを感じるのだろう。

ところで、もう、11月で、後、2ヶ月足らずで年が明けます。
働き始めた頃は、真夏でした。
それから、2ヶ月と半月で、もう、真冬のような寒さです。
寒さは、心臓の辺りに違和感を呼び起こします。
たぶん、気のせいでしょうが。
そして、あの悪夢のような胸の痛みから2年目を数える1月26日の記念日がやって来ます。
人間の身体は大したものです。
そして、今の医療も大したものです。
それにもまして、女房や家族の思いやりや愛情は、もの凄く、多いに、大したものです。
ありがたいことです。
そのおかげで、とにかく、今は、生き延びています。

更に、ところで。
来年は、五黄の寅年、1950年、庚寅(五黄土星)甲辰日生まれの干支と九星が重なる年です。
五黄の寅が変じて、業の寅となり、気の強さや剛胆さ、身体の強さなどを備えた干支だと言われています。
その寅年は、私の生まれ年です。
まあ、私の場合は、糖尿病の持病で、更に心筋梗塞を煩いましたが、どうにか生きていますから、そう言われればそうなのかも知れません。

五黄の寅(ごおうのとら) 九星(きゅうせい)の五黄土星と干支(えと)の寅年が重なる年で、36年置きに来ます。
(12と9の最小公倍数の36年周期でやってきます。)
大正3年・昭和25年・昭和61年 五黄土星は、本命星の中で一番強烈な星で、 トラも十二支の中でもっとも強い干支なのだそうです。

九星    日本語読み     五行 方位  八卦 色
一白水星  いっぱくすいせい  水  北   坎  白
二黒土星  じこくどせい    土  西南  坤  黒
三碧木星  さんぺきもくせい  木  東   震  青
四緑木星  しろくもくせい   木  東南  巽  緑
五黄土星  ごおうどせい    土  中央     黄色
六白金星  ろっぱくきんせい  金  西北  乾  白
七赤金星  しちせききんせい  金  西   兌  赤
八白土星  はっぱくどせい   土  東北  艮  白
九紫火星  きゅうしかせい   火  南   離  紫

九星は、次の魔方陣が起源となっています。

四 九 二
三 五 七
八 一 六

縦・横・斜めのいずれの列についても3つの数字の和が15になるというもので、1から9までの数を1回ずつ使います。
3×3個の魔方陣は、回転・対称を除けばこの形しかありません。
上図の配置を後天定位盤といいます。
これらの数字に白・黒・碧・緑・黄・赤・紫の7色と、木・火・土・金・水の五行、十干・十二支、易の八卦を配当し、この数字が順次場所を変えた場合を考え、それに解釈を加えて「九星」が作られました。
伝説では、夏王朝を創始した禹が洛水を通りかかった時、川の中から飛び出た神亀の甲羅に描かれた模様からこの魔方陣を思いついたとされています。よってこの魔方陣を、洛水の書「洛書」(河図洛書)といいます。

日本の陰陽道では、下表のように木・火・土・金・水の五行や十干・十二支・八卦に割り当てて九星図を作成し、人の生年や方位に当てて運勢や方位の吉凶を占うことが多い。

十干
  音読み    訓読み    意味
甲  こう     きのえ    木の兄
乙  いつ、おつ  きのと    木の弟
丙  へい     ひのえ    火の兄
丁  てい     ひのと    火の弟
戊  ぼ      つちのえ   土の兄
己  き      つちのと   土の弟
庚  こう     かのえ    金の兄
辛  しん     かのと    金の弟
壬  じん     みずのえ   水の兄
癸  き      みずのと   水の弟


十二支
  音読み 訓読み
子  し     ね
丑  ちゅう   うし
寅  いん    とら
卯  ぼう    う
辰  しん    たつ
巳  し     み
午  ご     うま
未  び     ひつじ
申  しん    さる
酉  ゆう    とり
戌  じゅつ   いぬ
亥  がい    い

干支(かんし、えと、英: sexagenary cycle)は、十干と十二支を組み合わせた物で、60回ごとに一周する周期の暦で、六十干支(ろくじっかんし)、十干十二支(じっかんじゅうにし)、天干地支(てんかんちし)ともいいます。
10と12の最小公倍数は60なので、干支は60回ずつ一周します。干支には、十干と十二支の全て組合せのうちの半数しかありません。
例えば、一覧01~60で「子」は5回ありますが、「甲子」は存在しますが「乙子」は存在しません。
これは、10と12に共通の約数2があるので、干支の周期が積の120ではなく、最小公倍数の60になるからです。
これは、昔の中国が60進法を使って数字や番号を表していたからです。
ですから、私の生まれた27番目の干支、庚寅は60年に1回来ます。つまり、暦(こよみ)が還(かえ)るわけで、満60歳を還暦(かんれき)と言うわけです。
まあ、誰でも知っていることで、今更ではありますが、手近な資料で調べてみました。

干支
01甲子 02乙丑 03丙寅 04丁卯 05戊辰 06己巳 07庚午 08辛未 09壬申 10癸酉
11甲戌 12乙亥 13丙子 14丁丑 15戊寅 16己卯 17庚辰 18辛巳 19壬午 20癸未
21甲申 22乙酉 23丙戌 24丁亥 25戊子 26己丑 27庚寅 28辛卯 29壬辰 30癸巳
31甲午 32乙未 33丙申 34丁酉 35戊戌 36己亥 37庚子 38辛丑 39壬寅 40癸卯
41甲辰 42乙巳 43丙午 44丁未 45戊申 46己酉 47庚戌 48辛亥 49壬子 50癸丑
51甲寅 52乙卯 53丙辰 54丁巳 55戊午 56己未 57庚申 58辛酉 59壬戌 60癸亥

干支の資料は、『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用しています。

そうなんです。来年は、私も還暦なんです。
いよいよ、お年寄りの仲間入りというわけです。
そう言えば、つい先日のことですが、お年寄りの神様が私に降りてきました。
今まで、精神年齢を15才ぐらいの若さに感じていたんです。
50代になっても成長しないなと密かに思っていたんです。
まあ、幼稚で、我が儘で、それでいて、夢を追い続け、頭の中にはいつも、ピンクのパンティーが満ちあふれていたんです。
それが、ふっと、目眩にも似た感覚に囚われ、頭の遙か上から何か白っぽい物が降りてきて、CTスキャンで身体を緻密に輪切りにされていくような感覚で頭のてっぺんから、足の裏へそれが、ゆっくりと抜けていったんです。
あっ、自分が老人になっていくって、感じましたね。
お年寄りの神様ですよ、あれは、きっと。
て、言うことは、大人に、成り切らないうちに、老人になってしまった、と言うことですね。
ちょうど、梅雨の後のじりじりと焼け付く太陽を思いながら夏を待っていると、その年は冷夏で、暑くならない。そして、本格的な夏が来ないままに、秋霖の季節を迎え、いつもより早い凩に震えてしまう。そんな、感じですかね。
そう、そんな感じで、大人に成り切らず、意固地で、頑固で、我が儘な「クソじじい」になってしまったようです。

此処から、年金について(^_^)

そして、ふと思ったことは、年金のことでした。
還暦=老人=六十才=年金。
短絡的に回路が結びつきました。
で、年金はいつから貰えるのかと、単純に思ったわけです。
しかも、働いていて、収入があり、厚生年金を払い続けている状態で、60才から年金を貰えるのだろうかと、欲深くなっていくわけです。
給料に年金を足す、年金に給料を足す、そうなれば、収入は増えるわけで、暮らしと老後にゆとりが生まれるはずです。
来年の4月以降に働いている自分を想定していますが、今の職場は有期的臨時職員ですから、働いているという状態ではないかも知れないのですが、まあ、気楽に考えて、働き続けられるとしておきます。

社会保険庁のホームページにその答えが載っていました。

 ●会社に勤めているとき

Q151
<問>厚生年金保険の年金を受けている方が、会社に勤めることになったとき。
<答>
老齢の年金を受けている方が会社に勤めて厚生年金保険に加入すると、厚生年金保険の老齢の年金は給料と賞与によって決められる総報酬月額相当額と1ヵ月当たりの年金額との合計収入に応じて年金額の一部または全部が支給停止となる場合があります。
また、平成19年4月1日以降、70歳以上の方が厚生年金保険の適用事業所に勤める場合も、厚生年金保険の老齢の年金は給料と賞与によって決められる総報酬月額相当額と1ヵ月当たりの年金額との合計収入に応じて、年金の一部または全部が支給停止となる場合があります。ただし、70歳以上の方は厚生年金保険の保険料負担はありません。
厚生年金保険に加入する方は、会社に「年金手帳」と「年金証書」を出して会社から社会保険事務所または社会保険事務局の事務所に年金を受けている人が厚生年金保険に加入するための手続きをしてもらってください。
手続きが遅れ、会社に勤めた月の翌月以後の年金を受け取ったときは、受け取り過ぎとなった分を後日返していただくことになります。ご注意ください。

(参考)
  詳細は、以下の計算方法をご覧下さい。

●65歳未満の在職老齢年金の支給停止のしくみ

hyou1_20091103164943.jpg


この計算式に当てはめてみると、月額28万円が上限で一つの目安になることが解りました。
また、28万円を超えている場合は、48万円が次の目安になります。

私の場合は、

①老齢厚生年金(※報酬比例部分)
②厚生年金基金(企業年金)、
③総報酬月額の

※年金の経過措置法案での特別支給で、生年月日、男女で異なります。私の場合60才から貰えます。

①②③を足すとちょうど275,000円ぐらいで、28万円以下に総合計が抑えられますが、21日勤務になると28万円を少しだけオーバーします。
また、基本月額は社保庁から届けられた「ねんきん定期便」から算出していますので、実際に60才を迎えた時点で算定される基本月額は、現在就労し厚生年金を払っていますから多少増えます。
その後の年金の算定は、63才の時、65才の時、70才の時、仕事を辞めた時となりますので。
また、自動的に貰えるのではなく、60才を超えた段階で社会保険事務所に届け出をしなければ貰えません。企業年金も年金組合に届け出をしなければなりません。
また、厚生年金を支払っている場合は、所属企業が社会保険事務所に届けなければなりません。更に、毎年誕生日が来たら社会保険事務所に「生きているよ」と現況報告を提出しないと年金は貰えません。

ちなみに、老齢厚生年金(※報酬比例部分)は65才までの5年間に貰わなければ、5年の時効期間で消滅します。
また、老齢基礎年金を前倒しで貰うと、65才からの老齢基礎年金が30%カットされます。

そんなこんなで、いろいろ調べて、どうにか年金についての噂や憶測を払拭することができました。
ただ、残念なことは、48万円以上の時にはと言う計算をすることがなかったことです。

まあ、今回も、女房とこどもたちに感謝、感謝の締め括りとさせていただきます。



【2009/11/03 13:20】 | 家族自慢 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
↓ランキングにご協力をお願いします。

女房の発明品・・・なのだ!\(^O^)/
長女がディズニーランドに行った来た。
もちろん、千葉県浦安にあるTDL
彼女は東京ディズニーランドが大好きで、年間10回近く遊びに行っている。
その都度、お土産を買ってきてくれる。
チョコレートやクッキーなど、私の大好物がテーブルに並ぶ。

IMGP0118_20090808203057.jpg

今回もプーさんのバウムクーヘン、ドナルドダックのミルクチョコレートクランチ、ナイトメアーのチョコレートクッキー、ミッキーシェイプドケーキの4点が甘い香りを漂わせている。
女房の大好物はドナルドダックのミルクチョコレートクランチで、口中でのチョコレートとクッキーの溶け具合と混ざり具合が何とも言えない。
私は、みんな好きだ。

プーさんのバウムクーヘンとミッキーシェイプドケーキに、なんと、大昔、女房が発明に関わった発明品が入っていた。
ついに、ディズニーランドも手中に収めたかと、鼻が高い。
この発明品は、高速道路のサービスエリアや温泉地のお土産にもよく使われていて、それを見る度に女房の凄さを痛感し、敬意をもって褒め称えてきた。

IMGP0122_20090808203105.jpg

ただ、この発明品は数年で特許を、現製造会社に売ってライセンス契約を結んだらしい。
更に、私との結婚のために女房が発明会社を退職する際、権利放棄をしたらしいので、この発明品に金銭は絡んではいない。
しかし、昭和52年当時、女房の上司とたった二人で作り上げたことは間違いない事実なのだ。実に32年も前の話である。
しかも、その発明品の名前も、その時に命名したままで使われている。
なんとも、ありがたいことだ。
そして、その名前に触れる度に、女房を誇り高く思う夫であった。

IMGP0128_20090808203112.jpg

「アンチモールド」(アルコール蒸散剤
※食品のカビの発生を防ぐものだ。
写真のものは、現製造会社によってアレンジされたものらしい。

わたしの、女房は偉かった。
おっと、今も、たいへん偉いのだ。
そして、たいへん優しい。

柳生弘のゴールデンハンマーというクイズ番組で曜日のチャンピオンになり、その週のグランドチャンピオンになったことがある。
そのおかげで、ビデオを見る生活になったのだ。
貰った商品はベータビデオデッキで、今でも動く。
VHSビデオデッキが二台も壊れたのに、ソニーはいいものを作っている。

女房はえらい!!!


【2009/08/08 19:43】 | 家族自慢 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
↓ランキングにご協力をお願いします。